大阪府高槻市のカウンセリングセンターでうつ病のご相談

大阪府高槻市の心理カウンセリング

お気軽にお電話ください TEL:072-673-8180 営業時間:10時~20時 休診日:火曜日

うつ病、ストレスをお感じなら大阪の高槻カウンセリングセンターへ

「こうあるべき自分」から「こうありたい自分」へと目指していきませんか?
  • ホーム
  • <テーマ066>不安と恐怖

<テーマ066>不安と恐怖

<テーマ66> 不安と恐怖 

 

 カウンセリングに訪れるクライアントには、不安があまりにも強いとか、ある事柄がとても怖いということを訴えられる方もおられます。「不安性障害」であるとか「恐怖症」といった言葉で表現される問題を抱えておられる方々であります。 

 

 不安と恐怖ということは、教科書的に定義するなら、その対象の有無に違いがありまして、「不安は対象のない恐怖感」であり「恐怖は対象のある不安」であるということになります。もっとも、このような定義は何一つ状況を明確にしないものではありますが。 

 恐怖には、恐れられる対象があるというのは事実であります。その怖い対象によって「何々恐怖症」などと命名されるものであります。そして、どんな恐怖症があるかということですが、これを調べた学者さんがいらっしゃるのですけど、その数は何百と上ったのであります。「高所恐怖症」「閉所恐怖症」というようなものが何百種類も見られたという報告をされているのであります。あまり意味のある研究とは思えないのですが、恐れられる対象というものは際限がないと考えておけばよいかと思います。つまり、あらゆる対象が恐怖症の対象として選ばれる可能性があるということであります。 

 一方の不安の方ですが、こちらには対象がないと言われることが多いのです。私はその考えには半信半疑であります。対象というものはあるのだけど、恐怖症よりもより漠然とした曖昧な対象であるということが多いと捉えております。もしくは、その対象が十分意識化されていないかであります。しかしこれは対象がないということになるわけではありません。ただ、対象が不明確であるか、無意識的であるかということだけなのであります。 

 

 今後、「不安と恐怖」というテーマで次のようなことを取り上げることができればと考えております。 

 不安や恐怖感というのは、危険信号のようなもので、その人をして行動に移らせるものであるという考え方もされます。その通りだと思います。その行動には回避行動と対処行動とがあると捉えることができます。強迫行為や依存行為というのは、回避行動でもあるということがよく確認されるのであります。対処行動というのは、より建設的な行動であるわけでありますが、これは後々述べていくことになるかと思います。 

 不安に悩む人は、この不安を取り除きたいという願いを抱くものであります。除去することを求めるのでありますが、この願望は適切なものであるのか、達成可能なものであるのかということも論じてみたいと思います。 

 しばしば、「取り除く」とか「治癒する」といった言葉ではなく、「克服する」という言葉が不安に関しては使われることが多いのですが、不安を克服するとはどういうことなのかということも論じてみたいと思います。 

 不安には対象が漠然としていると申しましたが、その点もとりあげようと計画しております。この対象に対して、その人がどういうことをしているかということも大事な観点であるからであります。 

 さらに、不安に襲われるという人は、決まって次のような疑問を抱かれるのであります。どうして他の人たちはこんな不安に襲われないのに、私だけがこんなに不安になるのだろうという疑問であります。不安の強い人から見ると、他の人たちは非常に安定していて、不安や心配事が何もないように見えるのであります。なぜ、そのように見えるのかということも考えてみたいことであります。また、彼らの言うように、確かに人によっては不安に襲われる度合いが少ない人もあります。このような人たちは不安耐性が強いというように表現されるのでありますが、私たちはどのようにして不安耐性を築いていったのでしょうか。そうしたことも取り上げてみたいと思います。 

 不安に対しては、不安を抑える薬であるとか、技法が様々あるのですが、そういったことに関しても述べたいと思います。不安を抑えるためにしている事柄が、却ってその人の不安を高めてしまっているというような例もあるように私には思われるからであります。 

 また、不安は極めて健康な心の働きでもあるということも強調して述べたいと思います。そして、不安のない人というのは、実は存在しないのだということも述べたいと思います。ただ、人一倍、不安を感じ取ってしまう人が存在するのでありまして、不安を抱えているという点では、どの人も差がないということであります。 

 私は山登りを始めて、自分が「ヘビ恐怖症」だということを初めて知りました。この「ヘビ恐怖」のために、一時期は山登りを断念しようかと思ったこともあります。私がどのようにして私の「ヘビ恐怖」を克服したかということも述べてみたいと思います。臨床例を挙げられればいいのですが、他者のことを書くのには制約がついてまわるので、十分に述べたいことが述べられないように思うのであります。それは不安とか恐怖といったことが、その人の核心の部分と関係していることがしばしばあるためであります。そこで私自身の体験談を述べることをお許し願いたいのであります。 

 

 最後に「不安性障害」とか「恐怖症」というのは、それだけで単独に在るわけではないと私は捉えております。「強迫性障害」や「依存症」と呼ばれる問題も深く関与していることでありますので、そちらも併せて参照していただければと思います。本当はこの四者は一つにまとめて論じたかったのであります。ただ、そうなるととても雑多なページになりそうだと(私の書くページはどれも十分に雑多なのでありますが)思ったので、便宜上、二つに分けているだけであることを、お断りしておきます。 

 

(文責:寺戸順司高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー