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<テーマ072>「推薦クライアント」の一例

<テーマ72> 「推薦クライアント」の一例  

 

本項では「推薦クライアント」の一例を掲げ、次項において、「強制的クライアント」の例を挙げることにします。 

 

 ここで例として挙げるのは、一人の主婦であります。主婦には主婦サークルみたいなものがしばしば生じるのですが、彼女の所属する主婦サークルに、私のかつてのクライアントがおられたのでした。彼女は、私のクライアントであった主婦が以前とは違って見えるので、どうしてそう変わったのかと疑問に思っていました。そして、その主婦が私のカウンセリングを受けているのだということを彼女に教えたのであります。彼女は興味を覚えたのか、私の面接を受けに来ました。ただ、彼女はすぐに行動に移したのではないようであります。彼女は、その主婦が私のカウンセリングを受けているということを知ってから、数か月経って、私を訪れたようであります。 

 彼女は一回目の面接で、「実は○○さん(私のクライアントの名前を述べる)の知り合いで」と、素直に話されました。「推薦クライアント」には数人お目にかかったことがありますが、大抵の場合「推薦者」を名指しされるのであります。そして、私が「ああ、○○さんのお知り合いですか」と応じると、「推薦クライアント」はとても嬉しそうな表情をされるのであります。このことは「推薦クライアント」にとって、しばしばとても重要な意味があるのですが、その理由は後で述べることにします。 

 

 私がお会いした「推薦クライアント」の方々(それは少数であるかもしれませんが)は、ほとんど決まって自分と「推薦者」とは似ているということを、何らかの形で伝えるのであります。はっきりそれを表明される方もおられました。この、「推薦者」と自分が似ているというように当人に感じられていることが、「推薦クライアント」とお会いしていく上でしばしば困難な問題をもたらすのであります。このような問題は「自発的クライアント」ではまず生じないことであります。 

 自分が「推薦者」と似ていると感じていることによって、その人の中では常に「推薦者」が間に入ってくるのであります。そのクライアントは確かに私と対面しているのです。しかし、その人の中では私との間に「推薦者」との関係をも見ているのであります。私―「推薦者」―自分という、このような関係が「推薦クライアント」の中でしばしば生じているのであります。カウンセリングにおいては、この関係から「推薦者」の姿が薄くなっていくことを目指すことになるのであります。それは「推薦クライアント」が持ち込んできた問題とは、時にかけ離れていることもあります。 

 ところで、彼らの言う「似ている」ということでありますが、彼らは「あの人と自分は似ている」とか、時には「お互いに似ているなあと感じている」などと表明されるのであります。しかし、私から見ると、実は似ていないのであります。当人たちには似ているように感じられているのであります。その点が重要なのであります。 

客観的に似ているか否かということは問題ではありません。ただし、「推薦クライアント」が「推薦者」と自分とが似ているということを表明するとき、彼らの体験している事柄が問題になるのであります。ここには彼らの抱える問題の一端が現れているように思います。 

 端的に申せば、「鏡像段階」にある子供のイメージを私は思い浮かべてしまうのであります。「鏡像段階」というのは、鏡に映った自分の姿を見て、自分に生き写しの姿を見て、自分自身を確認する子供の段階であります。私たちはこの段階を必ず経ているのであります。自己確認の一手段として、自分と生き写しの存在(自分と似ている存在)を必要とするのであります。自分と似ている存在を手掛かりとして、自己を確認していくのであります。「推薦クライアント」にとっての「推薦者」はそのような存在なのかもしれないと、私には思われるのであります。 

 先に、私が「推薦者」のことを覚えていると、「推薦クライアント」が嬉しそうな表情をするということを述べました。その理由を先送りしていたのですが、ここでその理由が理解できるように思われます。つまり、「推薦者」は「推薦クライアント」にとって自分と等価なのであります。従って、私が「推薦者」のことをよく覚えていると言う時、「推薦クライアント」にとってはどこか自分自身を覚えていてくれているような感覚を覚えるのではないかと思います。あるいは、「推薦者」のことを覚えていてくれているカウンセラーだから、「私」のこともきっと覚えてくれるだろうというように感じられているのかもしれません。 

 

 ここまでのことを少しまとめておきましょう。 

「推薦クライアント」は自分と「推薦者」が似ているということを何らかの形で表明します。それは「推薦クライアント」が自己を確認する手段として「推薦者」を利用していると理解しました。利用という言葉は誤解を招くかもしれません。自己確立のために「推薦者」を補助的に必要としていると述べる方がより適切かもしれません。いずれにしても、「推薦者」と「推薦クライアント」とはそのような関係を築いているように私には思われるのであります。 

上記のことを踏まえた上で、他者をそのように自己確認の補助手段として必要とするということは、「推薦クライアント」が、それだけ不鮮明な自己を有しているということを意味していることが窺われるのであります。実際、私がお会いした「推薦クライアント」はすべてそのような傾向を多少なりとも有しておりました。つまり、自分がはっきりしないのであります。 

 また、「推薦クライアント」は「推薦者」の変容を間近に見ています。そして「自分もあの人のようになりたい」という目標を抱いていることも多いように思います。しばしばこれは表に現れず、クライアントの中で隠された目標となっていることもあります。つまり、あくまでも「推薦者」からかけ離れたくないのであります。それだけ「推薦クライアント」にとっては、「推薦者」は強く結びついた存在になっているのであります。 

従って、次のように述べることができるかと思います。「推薦クライアント」がカウンセリングを受けることになった直接の問題が何であれ、それとは別に、「推薦クライアント」が「推薦者」とは違った自己を確立していかなければならないということであります。それがカウンセリングのもう一つの目標になるわけであります。従って、「推薦クライアント」は、その人がカウンセリングで改善していくためには「自発的クライアント」よりもより多くの作業を、その前段階としてまたは同時的に、していかなければならないということになるのであります。 

 

 先のクライアントのその後の経過を簡単に述べておくことにします。彼女は自分自身の家族と夫との関係について悩んでいました。それらを彼女の中で改善するということが、カウンセリングの表向きの目標でありました。真の目標は、彼女自身が個を確立するということであります。ただし、これははっきりと明言されたわけではありませんでした。私の中で設定された目標でもありました。 

「推薦者」のことが話題に生じるのは、ごく初期の頃だけでした。後半になると、より彼女自身のことが語られるようになっていきました。これは「推薦者」の影響がそれだけ薄らいできたということであります。彼女自身が自己を語り、自己への理解を深め、自分が体験したことを自己の中に収めていくことができるに従って、彼女は安定を取り戻し、現在の生活をより生きやすくなっていったのであります。そのようになっていくに従って、彼女は自分自身になっていくことができていったのであります。 

 この変容は、例えば、面接の初期頃においては、「○○さんのところは上手くいっていていいなあ」というような言葉が発せられたのでしたが、それが中期頃においては、「○○さんのところもたいへんなんだなあ」に変わってきて、後期頃においては「○○さんのところと自分とは全然違うんだなあ」に変わっていったのであります。もはや彼女にとって、「推薦者」と自分が似ているかどうかは問題ではなくなっていたのであります。むしろ差異がはっきりと認識でき、かつ、その差異を自然に受け入れることができていったように私は思います。それは彼女自身が「推薦者」から離れたことを表すのであり、「推薦者」とは別個の個人として、自身が存在しているということが認識できていったのだと言うことができるかと思います。その後、彼女は「推薦者」とは違った自分として、「推薦者」と新しい関係を築いていこうとしているようにも私には見えました。 

 彼女がカウンセリングに持ち込んだ問題というのは、表向きには十分に改善されたとは言い難いかもしれません。しかしながら、彼女が自己を確立していくに従って、彼女は自分の生活を甘受することができるようになっていったのであります。その生活の中で、自分を失うこともなく、現実的にその環境の中で活動できるようになっていったのであります。そうなると、彼女は今の生活で生きることがそれほど困難ではなくなっていったのであります。 

 

(文責:寺戸順司高槻カウンセリングセンター代表カウンセラー