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<テーマ077>カウンセリング状況を創る

<テーマ77> カウンセリング状況を創る  

 

 クライアントがカウンセリングを受ける時、私はそのクライアントがカウンセリングを継続できるような環境を整えることをまず考えます。つまり、安定した関係、環境を先に確保しておかなければならないのであります。 

 このことを述べなければならないのは、しばしばクライアントはあまりにも不安定な状態(これはカウンセリングを続けていくことという観点から見たものであります)で、カウンセリングを始めようとされるからであります。初めから継続していくことが困難な状態で始められるのであります。これはお互いにとって不利益をもたらすことでありますので、カウンセリング云々よりも、このカウンセリングを続けていけるような状況を何とかして作り出していかなければならない、それをまず目指さなければならないということになるのであります。 

しばしばカウンセリングを継続していくために相応しい環境を形成すべく、クライアントに行動してもらわなければならないことがあるのです。そこを理解してもらわなければ、なぜ自分がそのような強制をカウンセラーから指図されるのかがクライアントには理解できないだろうと私は思います。 

 

 次に挙げるのは、そのことがかなり極端に現れた例であります。これほど極端なものはそう頻繁には生じないものでありますが、逆に極端な例の方が私の述べようとする事柄が理解しやすくなるかとも思いますので、敢えて取り上げることにします。 

 クライアントは男性でした。彼の訴えは、不安で居ても立ってもいられない、夜も眠れないくらい不安だというものでした。それで、彼をそこまで不安におとしめる何かがあるのだろうと思い、詳しく話を伺っていきました。 

実は、彼は彼の勤務する会社において、ある犯罪行為と関わってしまっていました。それは彼が単独で行ったものではなく、複数の人間から成るグループで行ってきたものであります。その行為は、初めは人助けだと称してなされたのでした。彼は人助けのつもりで、その行為に加担してきたのでした。実際、それは初めのうちは人助けとして機能していたのであります。いつ頃からそれが犯罪の様相を帯びてきたのか分かりませんが、彼は「やばい」と思っていながらも、そのグループから抜け出すことができなかったのでした。それは彼の善良な性格と大人しい性質のためでした。 

 そして、その行為が今にも会社側に発覚しそうだと彼は述べるのです。もし、それが発覚した場合、彼は罪に問われ、仕事も家族(彼には妻子があります)も、すべて失うことになる、どうしてもそれは避けたいと彼は嘆くのでした。 

 彼がカウンセリングにおいて求めていることは、このまま周囲には嘘をつきとおすこと、そして家族に対して隠し通せるための何か知恵を授けて欲しいということでした。私は、それはできないと答えました。私が彼を冷たく突き放したように聞こえるかもしれませんが、私がそのように述べたのは次のような事情によるものであります。 

 まず、彼の求めていることは不可能に近いということだけでなく、望ましいことではないように私には思われたのでした。彼が現時点で嘘をつき通したり、隠し続けていくということが、仮にできたとしても、彼はそれを一生していかなければならないということになります。いつそれが発覚するかということを常に恐れ、常に嘘をつかなければならなくなるのであります。そうなると、彼の今後の人生は、そのためだけの人生になってしまうのであります。 

彼は、比較的年齢が若かったので、やりなおすには、まだかろうじて間に合うだろうと私は思いました。それに、今、どうにかやり過ごしたとしても、この先、例えば十年後くらい後には、彼はさらにひどい不安に襲われているかもしれないのであります。常に発覚することを恐れながら生きていかなければならないということですから、このことは容易に想像がつくのであります。それに、発覚の恐れが生じてから、それほど時間が経過していないにも関わらず、彼はこれだけの不安に苛まれているのであります。この先、一生、その不安を抱えて行けるだけの強さが彼に欠けていることは明らかでした。 

私は彼の求めている解決策には賛成できませんでしたが、それでも彼が私を頼ってきた以上、なんとかならないだろうかと一緒に考えていくことにしました。私はさらに詳しく話を伺っていきました。 

 もし、その犯罪行為が発覚した場合、それに関与した他のメンバーたちも同じような運命をたどるのだろうと私は思っていました。しかし、それを尋ねてみると、彼の話ではそうでもないようでした。発覚した場合、罪は彼一人にあるという話でした。 

 

 彼の話をまとめると次のようなことがポイントとして浮かび上がってくるのであります。繰り返しになりますが、一つ、押さえておきたいと思います。 

 まず、その行為は人を援助するために行われたものであるということ。 

 人助けだという目的を聞いて、その言葉を純粋に信用して、彼はその行為に関わったということ。 

 犯罪の色相が濃くなってきた時、彼は自分が「危ないことに関わっている」という認識をしていたこと。 

 何度も抜け出そうとしたが、できなかったこと。これは彼のパーソナリティも関与しているが、他のメンバーの圧力がかかっていた可能性もあるということ。 

 彼は「カモ」にされている可能性があること。つまり、責任の引き受け役として、罪を一人被る役割として、メンバーに利用されていた可能性があること。 

 そして、自分の問題として、カウンセリングを(私のカウンセリングを)受けに来ているということ。 

 こうした背景があるわけであります。こうしたことを考慮してみると、果たして、彼はどれだけの罪に問われるのでしょうか。もし、こうした背景がきちんと立証されるなら、彼は罪に問われない(仮に問われたとしても軽いもので済む可能性がある)かもしれないと私は考えました。 

 そこで、私は次の提案をしました。彼は一つの決断をしなければならないということであります。その決断とは、まず弁護士を探すこと、そして、会社にこれまでのいきさつを報告すること、家族にも打ち明けて味方になってもらうことであります。彼にはまだ救われる道が残されているように私は感じました。そして、自分の性格の弱さのためにこのような事態に巻き込まれたということを彼自身が認識しており、それを克服するためにカウンセリングを受けているということにしたらいいと、私は提案しました。そして、そのためには実際にカウンセリングを継続して受けているという実績を残さなければならないということも伝えました。 

 私は彼に共感しすぎたのかもしれませんが、とにかく、彼が一人で罪を負うのはおかしいと感じて、激しい憤りを感じていました。弁護士に相談することというのは、彼の関与した行為に対して、より適切な対応をしてくれるだろうと思われたからであります。彼のパーソナリティに関しては、私は述べることはできますが、犯罪行為に関しては、その道の専門家に頼んだ方がいいと私は考えたのであります。 

 この時の私の処置が適切であったのかどうか、今でも疑問に思うこともあります。もっと、適切なことが言えたのではないかと、その後も後悔することがありました。とにかく、その時に私が目指したのは、彼の立場を安全なものとして確保しておくということでした。それが一番に目指されることであると私は考えていました。そして重要な点は、それが確保されている限り、このカウンセリングは続けていけそうであるということであります。つまりカウンセリングを彼自身の援助の場として彼が活用できるということであります。 

 

「一週間考えます」 

 彼は私の提案を聞いて、そう答えました。ここでも彼の性格的な弱さが現れています。しかし、そこを触れるだけの時間がありませんでした。「とにかく弁護士さんを探しましょう」と私は念を押して、その時は別れました。 

 翌週、彼は私を訪れました。彼の表情は、当然ながら、沈み込んでいます。私は「どうでした」と尋ねました。私は彼が弁護士さんと話がついているという前提で問いかけてしまったのでした。しかし、彼の話では、事態はとんでもない方向へ向かっていたのでした。 

 彼はこの一週間、会社には具合が悪いと言って休み、家族には出勤しているふりをして家を出ていたのであります。そして、毎日、ぶらぶらと放浪していたのでした。そしてこの面接の前日、会社の方から「確認したいことがある」という連絡が家に入ったのであります。この時点で、家族には出勤しているという彼の嘘がばれてしまったのでした。 

 嘆かわしい気持ちで、私は彼の話を聴いていました。逃げてはいけない所で、彼は現実逃避してしまったのであります。貴重な一週間がこうして蕩尽されたのであります。「もうダメだ、おしまいだ」と、彼は嘆いて、面接室を後にしました。 

 彼のケースにおいて、私は自分の処置がそれほど間違ったものではないと、それは今でも信じているのですが、私は彼の決断をもっと支持し、現実に向かえるようにサポートしていく必要があったのだと反省しております。彼が「一週間考えます」と言った時、それを安易に容認するべきではなかったと思っております。 

 

 もし、カウンセリングを開始することができていれば、彼が自己洞察を深め、性格的な弱さを克服し、パーソナリティを強化していく方向に歩み出していたかもしれません。しかし、そのためには、彼が刑に服していないということが絶対に必要だったのであります。 

 彼は自分を変え、自分が置かれている境遇を自ら変えていくことを目指す前に、その場から逃げたようなものなのであります。 

 

 上記の例は、カウンセリングを始める前段階でつまずいてしまった例であります。彼のカウンセリングは始まってもいなかったのであります。カウンセリングを始められるようにするための、いわば環境調整の段階で、既に失敗してしまったのであります。そして、これに成功するためには、どうしてもクライアントにも動いてもらわなければならないという側面があるのです。 

この事例の男性は、自ら動くということをしなかったのであります。自己放棄して成り行き任せにしてしまったわけであります。この姿勢こそ、彼の人生の中で彼を支配してきた態度ではないかと私は思います。もし、彼が行動を起こしていれば、それだけで、彼は望ましい一歩を踏み出したということを意味するのであります。彼はそれをしなかったために、罪を問われ、自分を変えていくための機会を失したのであります。 

 

(文責:寺戸順司高槻カウンセリングセンター代表カウンセラー