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<テーマ082>抑うつ前駆症状(3)

<テーマ82> 「抑うつ前駆症状」(3)  

 

「抑うつ代理症状」(私の用語では「抑うつ前駆症状」)の二つ目の症候は、「疲労と身体的愁訴へのとらわれ」ということであります。前回同様、まずはウェイナーの記述を引用し、その上で、私なりの見解や体験などをお伝えする予定でおります。 

 

 ウェイナーは次のように書いています 

『快活な活動性と圧倒的な疲労とを交互に感じる青年は、十分な睡眠の後にも疲労が続く時は特に、人格機能の上にうつ病の抑制的作用を受けていることになるであろう。ふつう身体的に発達している破瓜期の若者に特徴的な身体的関心を超えて、必要以上に示される身体的懸念は、頭痛、腹痛、嘔吐のような精神生理学的反応がそうであるように、潜在性うつ病と同様のものである』 

 

 なかなか適切な表現であると思います。補足的に説明を加えながら、もう少し丁寧に見ていくことにします。 

 述べられていることは、まず疲労感であります。それも「快活な活動性」と「圧倒的な疲労」とを交互に感じるという表現は、それが両極端を揺れ動くものであるということが理解されます。「うつ病」でなくても、私たちはある程度の感情や気分の揺れ幅を経験するものだと思います。そして、それらは通常それほどの苦痛をもたらすこともなく、私たちはその揺れ幅の範囲内において、日常を生きることができるものであります。それ以上の揺れ幅、極端から極端へと揺れ動くものであるということがここではポイントであると思います。 

 では、どこまでが「正常範囲」の揺れ幅で、どこからが「極端な揺れ幅」になるかという疑問が生じるかと思いますが、私はこれに正確な線引きをすることができません。一つの目安は、その揺れがある程度了解できるものであるかどうかということになるかと思います。疲労感を強く感じているけれども、その疲労感をもたらした要因がよく理解できており、その要因に見合った疲労感を体験しているというような場合であります。ただし、それも一つの目安にしか過ぎないのでありまして、絶対的なものではないということは強調しておく必要があるかと思います。 

 しかし、上記のウェイナーの表現は「うつ病」を体験された方なら説明を要しないことではないかと思います。あるクライアントは、気分の浮き沈みに理由などないとおっしゃられて、その上で「上がる時にはとことん上がるし、落ちる時にはとことん落ちるような感じです」と自分の体験を表現されました。理由もなければ、了解することもできないのであります。それに加えて、その上昇と下降を自分でもどうすることができないでいるのであります。そのようなものとしてこの揺れ幅を理解する必要があると思います。 

 

 ウェイナーは強調していますが、そのような疲労感が十分な睡眠を摂った後でも続く時は特に「うつ病」的なのであります。このような疲労感は「うつ病」では特徴的なものであると思います。 

 ある女性クライアントが言いました。彼女は午後遅く目覚めるのでありますが、夕方くらいからまた布団にもぐりこむという生活をしておりました。「抑うつ期」の真っただ中におられた頃であります。彼女は「それだけ十分に寝ても、また眠れるんです」と語り、「どうしても疲れが取れない感じです」と語られました。彼女は休養を取ることが許されているので、「必要なだけ眠るといいですよ」と私は伝えました。 

「うつ病」のこのような傾向を「易疲労感」として表現されているのを見かけますが、私は少し違うように思います。疲れやすくなるのではなくて、疲労から回復する感じがしないのだと述べる方がより正確であると思います。「疲労回復困難感」と呼ぶ方がより適切ではないかと思います。 

 

 続いてウェイナーは身体について触れていきます。青年期は自分の身体に対しての関心がいやが上にも高まる時期でありますが、必要以上に見られる身体的懸念ということを取り上げています。しかし、「うつ病」においては、青年期とはまた違った形になるかもしれませんが、やはり身体的な関心が高まるのであります。 

例えば、「うつ病」と診断された人の多くは初めに身体的な訴えを持ってくるものであります。頭痛、腹痛、吐き気といった現象は確かに代表的な訴えであります。身体がだるいとか重いとかいう訴えもこれに属しているものと私は考えます。そして、成人においては、この身体的訴えが「うつ病治療」の入り口になることもしばしばであります。 

 これは人によって様々だと思いますが、心の状態を身体で感じ取る傾向が強い人ほど、身体的な訴えとして表現されるのだと思います。そして、まず内科などで身体的な処置を求めるのであります。ところが内科では何も異常が見つからないということがほとんどであります。時にはいくつもの内科を巡って診断を求める人もおられますが、結局何も異常が発見されず、初めて「うつ病」が疑われるというような例もあります。 

 こうした人たちは「仮面うつ病」などと呼ばれたりするのでありますが、「仮面うつ病」とは身体的に体験されている「うつ病」のことであります。「仮面」などと言うと、どこか「隠されている」というニュアンスを帯びてくるように思われるのでありますが、決して「仮面」ではないと私は考えております。「身体うつ病」と命名する方が適切ではないかと私は個人的には考えております。 

 ある女性クライアントでしたが、彼女は「抑うつ期」に突入する以前に、嘔吐感を体験しておりました。そして内科を受診されたのでありますが、特に異常は認められず、「軽い胃炎による消化不良」といった診断を貰ったのでした。そして胃薬を処方されたのであります。彼女の様子からすると、この診断に彼女は不服なようでした。検査をしても異常が見当たらず、医師としてはそれ以上どうすることもできないのでありますが、当人にしてみればかなり具合が悪いと体験されているのであります。そして、彼女は何軒も内科を巡ったのであります。もちろん、結果はどことも同じものでありました。最後に訪れた内科医から「心の問題」を指摘されたのであります。それでも彼女は自分の体験していることが「心の問題」であるということが、なかなか認識できずにいたようであります。その後、彼女は抑うつ感に襲われ始め、自分の「うつ病」をしぶしぶ認識したのでありました。 

 

「疲労回復困難感」と「異常が発見されない身体異常感」は、成人の場合においては、「うつ病」発見の重要なポイントになることが多いように私は感じております。従って、それが「身体の問題」ではなく、「心の問題」であるということが速やかに認識されるということが重要であると私は考えております。 

 

(文責:寺戸順司高槻カウンセリングセンター代表カウンセラー