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<テーマ112>ベテランの人たち

<テーマ112> ベテランの人たち  

 

(112―1)戻るべき社会場面がない 

(112―2)ベテランの事例 

(112―3)ベテランが就労するということ 

(112―4)辛辣に記述した理由 

(112―5)事例に関してのいくつかの補足 

 

 

(112―1)戻るべき社会場面がない 

 「ひきこもり」を始めて二年目のある男性クライアントは、自分自身のことを、「僕は世間でいうひきこもりではないと思う」と述べたことがあります。私から見ると、彼は立派な「ひきこもり」と映っていたのですが、彼自身はそう捉えていないということです。二年目ではまだ「ひきこもり」と言わないのかと、私は不思議に感じたのを覚えています。 

 一体、「ひきこもり」と自他ともに認定されるためには、最低何年間「ひきこもり」をしなければならないのでしょうか、私にはまったく想像もできません。臨床的には「ひきこもり」期間が半年以上であれば、「ひきこもり」とみなしているのですが、そもそも、「ひきこもり」であるかないかということは、その期間の長短とは関係がないと私は考えています。 

例えば、普通に社会生活、対人場面に参加できている人で、休日には誰とも会わず、部屋で一人で過ごすということがあっても、私はそれを特別に問題であるとは捉えません。休日が終われば、彼は社会生活、対人場面に戻ることができるからです。「ひきこもり」体験者の場合、それが欠如しているということが問題なのです。 

戻るべき社会生活、対人場面を持たないという状況であれば、たとえ一週間でも「ひきこもり」は「ひきこもり」であると私は考えています。 

 「ひきこもり」も長い年月に渡れば、ベテランになってくるものです。一つの事を十年も続ければ、その人はその方面のベテランと言って差し支えないと私は捉えておりまして、「ひきこもり」も十年続ければ、「ひきこもり」のベテランです。時には二十年も「ひきこもり」続けている人と出会うこともあります。二十年も続ければ、かなり立派なものです。「ひきこもり」の二十年選手の事例を次に挙げることにします。 

 

 

(112―2)「ベテラン」の事例 

 クライアントは男性で、三十代後半でした。十代の後半から「ひきこもり」を始めたので、彼は二十年間「ひきこもり」をしていたことになります。その間に働いたことは、わずか一カ月しか続かなかったアルバイトだけでした(注112―5参照)。 

 高校生の頃に、人間関係のちょっとしたトラブルを経験し、それが「ひきこもり」の引き金となっていると、彼は話しました。結局のところ、そのトラブルは二十年を経ても、彼の中で克服されていないのでした。 

 「ひきこもり」を始めてからの彼の人間関係というのは、家族と精神科医と、「ひきこもり」の人を支援するNPO団体の人たちだけでありました。その団体に所属しているある職員に親切にされて、その思い出をとても大切にしているようでした。ある時、その職員が辞めるということになってしまい、彼にかなりの動揺をもたらしたようです。 

 精神科医とは長年関わっているようでしたが、最近、その精神科医から「君はもうそろそろ働くことができるのではないか」と示唆されたと彼は言います。私の見た感じでも、彼は普通に仕事ができそうなくらいにまで回復しているようでした。 

 「あなたは外に出て働きたいと真剣に考えていますか」と私が尋ねたところ、彼は「そのつもりだ」と答えましたので、私はその方向で話し合いを進めることにしました。このことは、つまり、これ以上彼に「ひきこもり」の方向に向かわせないということです。 

 彼と仕事について話し合っていますと、案の定、「あれはできない」「これもできないから、嫌だ」といった不可能語の連続となりました。私の方はと言いますと、それを受け入れることは「ひきこもり」を助長することになるので、できるだけ彼の言う「できない」に対して、検討を加え、一緒に考えていくことにしました。 

 この時の話し合いは、私にはとても面白かったのです。彼が何か「できない」と語ると、私はそれに対して検討するように仕向けるのです。それで「できない」ということが証明されないということがはっきりすると、彼は別の方面から他の「できない」事柄を持ち出してくるのでした。私の方はと言うと、「今度はそっちから来たか」といった感じで、駆け引きを楽しんでいるような感覚に陥りました。 

 そのやりとりが望ましいものであるかどうかは置いておくとしても、彼がなんとかして「ひきこもり」の状態に戻ろうとしているということだけはよく伝わってきました。私はそれを阻止するような動きをしていたわけです。 

 もっとも、彼が私のようなカウンセラーに面接を申し込んだことは、一つには「ひきこもり」を保証してもらえるという魂胆があったかもしれないと、私は考えていました。精神科医が彼に働くように示唆した直後から、彼のカウンセラー探しが始まっていることからも、そのことはよく窺えるように思われたのでした。つまり、これまでは精神科医からの保証があったのですが、それが得られなくなったために、「君はまだ外に出て働くことはできない」ということを保証してくれそうな人を新たに探さなければならなくなったのでした。私はそのような憶測を立てていました。 

 数日後、私の元に、一通の差出人の記されていないハガキが届きました。そこには、ワープロで打ち込んだ文章で、私に対する中傷の言葉が列挙されていました。彼がそれを作成したことはすぐに分かりました。彼は、筆跡が分からないようにして、なおかつ、自分の氏名さえ書いておりませんでしたが、私には四つの理由から、それを書いたのが彼であることがわかりました。その四つとは、日付と消印、言葉使いと内容であります。私は、会ったのがこの日付に近い人で、尚且つ消印のある辺りに住んでいる人で、このような言葉使いをする人で、このようなことを書きそうな人を思い浮かべればいいだけでした。該当する人は彼しかおりませんでした。彼は隠したつもりでも、私には筒抜けだったのです。 

 彼は、面接で自分の求めるものが得られなかった怒りを、こういう形でぶつけてきたのでした。彼は働くことができるというのが私の認識でした。まだそれはできないというのが彼の認識でした。 

 この時点まで、私は自分の認識の方が正しかったと思い込んでいました。でも、この勝負、彼の勝ちでした。彼の勝ちというのは、すなわち彼の方が正しいということが証明されたのでした。そして、同時に、彼はもう働くことができるという私の認識の方が間違っていたということも証明されたのでした。 

 自分の思う通りのものが得られなかったということだけで、その相手に対して、匿名で中傷するハガキを送りつけるような人が、この社会に生きて行くことは難しいでしょう。こういう行為をする人が生きていける場を社会が用意しているはずがないのであり、社会の方がこのような人を締め出す可能性も高いことでしょう。 

 従って、彼がこういうことをし続ける限り、彼が社会の中で生きていくことは難しいのです。彼がまだ働くことができない、社会に出ることができないというのは、まさに彼がこういうことをするからでした。思い通りに行かない欲求不満や怒りを、自分の内に抱え、自分自身で解消していくことができないのです。抱えることができないから、行動に移してしまうのです。しかし、正しい手段で直接的に相手に物を言うのではなく、間接的に、しかも匿名でなければ言うことができないほど彼は脆弱なのです。 

 彼とはそれきりになりましたが、彼が一生「ひきこもり」を続け、親切だった職員さんの思い出だけ(注112―5参照)を後生大事に墓まで持って行くことになっても、私は彼に同情する気持ちにはなりません。「君はもう働けるのではないか」という一言で、これまでお世話になった精神科医を裏切って、逆のことを証明してくれそうなカウンセラーを探し、彼が働けるように相談に乗った私をも、彼は裏切っているのです。それも、ただ、その助言や面接が自分の気に入らなかったというだけでなのです。 

 

 

(112―3)「ベテラン」が就労するということ 

 「ひきこもり」を二十年も続けると、仕事を始めることには特別の困難がつきまとうことになります。三十八歳の人が、場合によっては十八歳の人と同期で入社することになる可能性もあります。これは、三十八歳の職業人が転職してきたという場合とはわけが違うのです。三十八歳で初就職ということになるわけです。同じ初就職でありながら、十八歳の若者には大目に見られていることであっても、三十八歳の人には通用しないということも頻繁に起きるかもしれません。周囲の人は三十八歳の人と十八歳の人とを、同じ次元で捉えないことでしょう。三十八歳の人に対しては、その年齢相応のものを当然有しているものとして、見ることでありましょう。 

 また、同じ年の三十八歳の社員を見て、自分がいかに遅れているかを痛感させられるという場面にも出くわすことでありましょう。事例に挙げたクライアントが、このような状況を目の当たりにしたら愕然とするのではないだろうか。自分がいかに、何もしてこなかったか、何も経験してこなかったかということをあらためて思い知らされることでありましょう。彼がそれに耐えられるとは、私には思えないのです。 

 

 

(112―4)辛辣に記述した理由 

 本項において、私はわざと辛辣に書いたつもりであります。少々厳しい表現をしているはずであります。これには理由があるのです。 

 「ベテラン」の事例を掲げました。この男性は、これまで親の庇護の元で「ひきこもり」を続けていたのです。彼が働かなければならなくなったのは、親の庇護が失われそうになっていたからです。そのために彼の状況は非常に差し迫ったものになっていたのでした。 

彼のような状況に置かれて、あなたならどういうことをするでしょうか。恐らく、何でもいいから就職口を探さないと、と考えるのではないでしょうか。贅沢は言っていられない、とにかく収入を確保しなければという発想になるのではないでしょうか。私が彼に求めたのも同じことでありました。私が特別厳しいことを述べたわけではありません。 

ところで、これだけは強調しておかなければなりません。「ひきこもり」体験者の中には、確かに現段階では就労が困難だという人もおられるのです。そのような人に対しては、恐らく、時間をかけて取り組んでいきましょうという方向を私は取るでしょう。誰に対しても一つの考え方で対応しているわけではありません。 

彼の場合は、私がお会いしても「十分、勤労できる」と確信できた人でしたし、彼の精神科医もそう捉えていたのであります。パート、アルバイトでもいいから、彼は職に就く必要があったのでした。就労は常に社会への参加という側面を持つものであり、その人をして社会の一員という感覚を与えてくれるものです。少しでも彼がそれを体験できればいいと、私は捉えておりました。 

 それと、彼は自分はまだ就労できないと捉えていたかもしれません。私がそれに積極的に後押しすれば、私は彼と共犯関係を結ぶようなものです。彼の場合、そこをサポートすることは間違っていると私は信じております。彼の就労をサポートし、働き始めてから彼が体験する事柄に関して、彼をサポートしていく方が、より現実的なのです。なぜなら、「ひきこもり」体験者の多くは、そのような他者が得られなくて苦しんだ学生時代を有しているからです。学校で何かを体験する。それはいいことであれ、良くないことであれ、何か体験するものです。その体験した事柄に関して、相談できる人もなければ、共有し合う人もいなかったのです。従って、彼らが学生時代の「過ち」を繰り返さないためには、学生時代に得られなかった他者がいなければならないということになるのです。私はそこをサポートするべきであると考えているのです。 

 最後に、もう一つだけ付け加えておかなければなりません。彼が二十年もの間「ひきこもり」が可能だったのは、親の庇護があったからです。今度からこの親の庇護がなくなるのです。親という土台を失うわけです。だから自分自身が自分の土台となっていかなければならないのですが、彼はその方向に動き出さない。では、彼が採りえる選択肢にはどのようなものがあるでしょうか。極端な例を挙げます。一つは精神病院に入院することです。「病人」として余生を過ごすということです。もう一つは、「犯罪者」になることです。 

極端な例ですが、こうしたことがまったく現実に起きていないわけではありません。私が厳しいことを言うのはこのためなのです。彼らを「病人」にも「犯罪者」にもしてはいけないからです。そちらの方向を断ち切らなければならないからなのです。 

 

 

(112―5)事例に関してのいくつかの補足 

 「ベテラン」の話には、しばしばこのように短期間ながら就労の経験が見られることも少なくありません。事例の彼がアルバイトをしたのが正確にはいつ頃のことであるか、ついに分からず終いでした。それがいつであったにしろ、その時、彼には「ひきこもり」を抜け出す機会が与えられていたのでした。だから、どういうきっかけで、どういういきさつで彼がアルバイトをするようになったのか、あるいはしてみようという気持ちになったのか、もっと知りたいと私は思っていました。 

 この一か月しかもたなかった就労期間において、彼は何らかの挫折を経験しただろうと思います。彼はあまりこの時期のことや体験を話そうとはしませんでした。「ひきこもり」の人はしばしばそういう話題を避けるのです。何か、彼にとって苦しかったものがそこにはあるはずです。 

 しかし、私の経験では、「ベテラン」の人であっても、その体験を話題に上げて検討していくことができれば、プロセスが大きく展開するものです。この一回目の面接において、私は積極的にそれを取上げるべきだったのかもしれません。それを取上げると、彼から多大な反感を引き出してしまうかもしれず、また、彼をして危機的な状況へ追いやるかもしれないと思い、私が躊躇したのです。この事例がうまくいかなかったことの要因の一つはそこにあったと私は捉えております。 

 彼は詳細を話してくれなかったので、具体的には分からないのですが、この就労体験において、相当な傷つきや挫折を体験していただろうし、これを経て、彼の「病理」や「困難」が一層大きくなったという可能性があるのです。それだけに、彼が何を体験したのかを知ることができなかったのは、非常に残念なのです。 

 

 最後に、彼が思い出として持っているNPO団体の職員さんのことにも触れておきます。彼にとって、その人はとてもいい人だったようです。 

 こういう存在の人が彼の人生において現れたことはとてもいいことだと思います。人は誰でも一人くらい、家族以外で重要な他者を経験しているものだと思います。今の私があるのはあの人のおかげだと言えるくらい、あなたの人生に痕跡を残しているような他者のことです。私にもそういう人がいました。 

 事例の彼は、その人との関係を築いており、今でも維持しているのです。思い出として、彼はその人と関わりを続けているのです。彼は、潜在的には他者と望ましい関係を築くことができるのです。 

 問題となるのは次の三つの傾向です。彼はその人を失いました。そのため、その人は彼の記憶の中だけの人となっています。彼は、今後、そういう人と巡り合えるかもしれないという可能性を自ら閉ざしています。このことが問題の一つだと私は考えています。 

 二つ目の問題は、この職員さんは彼には良い対象として経験されています。それ自体は望ましいことです。そういう経験がないよりかは、ある方がいいのです。ところが、この職員さんの記憶は、彼の内面を豊かにしていくことに貢献していないということが二つ目の問題です。 

 この職員さんに対して、彼は心理的にしがみついているような感じです。その対象にリビドーが過剰に備給されていると言っていいのですが、心的領域のかなり大きな部分を占めており、そのため、それ以外の対象が彼に内面化されないということになっているようです。私はそのように考えており、それは一つの弊害として働いてしまっていると感じています。 

 つまり、対象への過剰なしがみつきがあるために、それをすることでかなりのエネルギーが消費されているということです。「ベテラン」にはしばしば見られるのですが、一つの対象に対しての固着が強いという傾向を彼も有していたように思います。 

 三つ目の問題点は、その職員さんの良い像を維持するために、彼がしなければならなくなっていることにあります。 

 恐らく、彼には、他の人たちはあの職員さんとは比べようもないくらい望ましくない人たちとて体験されているだろうと思います。彼はその職員さんを、いわば崇拝し、神聖視しているということであり、そのためそれ以外他の人たちから価値を感じることは少ないだろうと思います。その素晴らしい像を維持するためには、他の人がその人と同等になってはいけないということです。 

 従って、このように述べてもいいかと思います。一つの大切な関係を維持するために、その他の関係は排斥するか、あるいは価値の低いものとするかしなければならなくなっているということです。特に、その他の関係において、彼の期待が裏切られたと彼が体験するような場合においては、彼はそうせざるを得ないのだと私は思います。 

 このことは、もう一つ、彼の人間関係を単純化するという意味で役に立っていたと思います。彼にとっては、他者には二つのポジションしかなかったと思うのです。その職員さん(とそれに近い人たち)の地位とその職員さん以外の地位です。彼が出会う他者は、彼にとってはこの二つのどちらかに属することになるのでしょう。この単純化のおかげで、彼にはわずかでも関係を築くことができたのだと私はそう考えています。 

 私は、是非とも、この職員さんとどのような関係を築いていたのか、どういうことをこの関係の中で体験してきたのかということを、彼から聞きたかったと思います。この辺りのことはほとんど語られていないのです。 

 そのため、あとは推測するしかありませんでした。彼のこの職員さんに対する理想化、憧憬といった感情から、ある種のパターンの関係を築いていたと思います。おそらく、それは成熟した関係ではなく、「自己―対象」関係であっただろうと思います。彼は自己の一部であるように職員さんを経験していたかもしれないと思います。そして、彼はこの職員さんを内面化していますが、同一視には至っていないというようにも思います。同一視を妨げているのも、この関係の何かが妨げになっていたと考えられるのです。 

 

 

(文責:寺戸順司高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー