大阪府高槻市のカウンセリングセンターでうつ病のご相談

大阪府高槻市の心理カウンセリング

お気軽にお電話ください TEL:072-673-8180 営業時間:10時~20時 休診日:火曜日

うつ病、ストレスをお感じなら大阪の高槻カウンセリングセンターへ

「こうあるべき自分」から「こうありたい自分」へと目指していきませんか?
  • ホーム
  • <テーマ130>追い込まれる「加害者」(4)

<テーマ130>追い込まれる「加害者」(4)

<テーマ130> 追い込まれる「加害者」(4) 

 

(130―1)離婚が成立するまで 

(130―2)父親との関係が改善する 

(130―3)離婚が成立してから 

(130―4)別れの意味に目を向ける 

(130-5)再生へ踏み出す 

 

(130-1)離婚が成立するまで 

 「あんな暴力的な夫とは離婚する」。カウンセリングに訪れた妻の第一声がそれでした。 

 離婚するかしないかは当事者の選択であります。私はその旨を伝え、その上で、「それで私にどうしろと言うのです?」と尋ねました。彼女は「いや、ただ知っておいてほしいと思っただけです」と答えました。私の邪推ですが、もしかすれば、彼女は私を通して彼女の要望を夫に伝えてほしいということだったのかもしれません。でも、私はそれを表に出さず、「報告にだけ来られたのでしょうか」と尋ねます。彼女は「だから知恵を貸してほしい」と訴えたのでした。 

 この妻という人ですが、実際の年齢よりも子供っぽいなというのが、私の正直な印象でした。そして、夫とはかなりの年の差があるのでした。これは大切なことですが、後ほど取り上げることにします。 

 私は彼女からも彼のことを尋ねてみました。こういう話ではよくあるように、双方の話には矛盾点もいくつか見られました。見ている視点が違うのだからくいちがいが生じるのは当然なのです。でも、そこでどちらが正しいとかいう話に持っていくわけにはいきませんでした。それは役に立たないばかりでなく、再び「彼が悪い」ということを立証するための機会になりかねないからでした。ただ、彼女も認めていることですが、実際に暴力と言えるような行為があったのは、最初の一回だけだったのです。二回目以降は彼女が恐れているところに、彼女を脅かすような出来事、それも偶発的な出来事が生じていたのです。 

 離婚をすると妻が言うのであれば、それも仕方がないことだろうと私も思いました。ここまで騒ぎが大きくなっていては、関係の修復も難しいだろうと私は思っていました。双方の両親が登場する以前に、こういう相談機関を活用していてくれたら良かったのにと、今でも私は思うのです。 

 彼女はこんなことも言いました。夫が私のカウンセリングを受けた後は、とても夫の表情が良くて、機嫌もいいと、そういう時だけいい夫婦関係でいることができたと言うのです。だから彼女は私に感謝していると述べたのでした。 

 このことは私には初耳でした。彼はそんなことを決して話さないからです。だから彼女は夫に「毎日でもカウンセリングを受けて」と頼むほどだったのでした。彼女の目から見ると、夫のカウンセリングは良かった、正しい選択だったと映っていたようでしたし、彼女がそれを親に報告すると、親もまたそれを評価していたようでした。会ったこともないのですが、妻側の人たちに受けがよくて、いい評価をしてくれているのであれば、私の発言や提案を彼らは受け入れてくれるかもしれませんでした。もっと早くそういう事実を知ることができていればと私は後悔するのです。 

 彼女は夫とは離婚すると決めていました。でも、それをわざわざ私に言いに来たわけです。この離婚に関して、私という後ろ盾を必要としていたのかもしれません。でも、先述のように、私は離婚するしないは当事者二人に任せることにしています。妻が離婚すると既に決めているのであれば、私はそれを阻止することもできませんし、その必要も感じていないのでした。いや、むしろ、この妻のような人であれば、何が何でも自分の思い通りに事を運ぼうとするでしょう。 

 

(130―2)父親との関係が改善する 

 ところで、彼とのカウンセリングにおいて、別の方面で望ましい変化が彼には現れていました。それは彼と彼の父親との関係が昔よりもずっと良くなったということです。 

 「DV騒ぎ」のたびに父親も巻き込まれるのでしたが、それが彼と父親との接点を以前よりももたらすことになったのです。彼は父親との関係がよくありませんでした。どちらかと言えば、父を敬遠して彼は生きてきました。 

 彼の結婚生活は4年ほどで破たんすることになったのでしたが、両親は40年以上の夫婦生活を積んでいるのでした。彼からすると、4年でもこれだけたいへんなのに、40年もよく続けられるなと、親を尊敬したい気持ちがあるようでした。 

 父親という人は、昔気質で厳しいところがある人でしたが、彼に対しての愛情はしっかり持っておられる方のようでした。今回の騒ぎで、彼は父親の愛情の部分に目が向くようになっていたのです。 

 このことは非常に大切なことなのです。恐ろしくて憎らしかった父親に、愛情を感じ、尊敬もできるということは、男性にとっては親離れの過程で経験することなのです。「親父なんかの助けにならずに独りで生きてみせる」とかいう思いは、単に強がっているだけであり、それも子供じみた強がりだと私には思われるのです。これは親離れを達成したということにはならないのです。それはテーマが異なることなので、ここでは深く掘り下げないことにしますが、彼はようやくこの過程を踏み出したのであります。 

 父親は彼に、これで生活をやり直せ、妻と子供に何かしてやれとお金を渡します。彼は父親に深く感謝していました。ところが、彼はこのお金をそのまま父親に返すことになってしまったのでした。 

 彼と妻との関係は、その頃、表面的にはうまくいっているようでした。「DV騒ぎ」が勃発しなければ、そのまま安定した関係が続いていくかのように見えていました。 

 ところが、ある日、彼がいつものように出勤します。特別変わったことはありませんでした。妻は朝起きて、夫のために弁当を作ってやり、それを持たせて、夫を見送ります。いつもと変わらない光景でした。その日、夕方、彼が仕事を終えて帰宅すると、妻は自分の荷物をすべて持って、家出したのでした。残していったのは、一枚の置手紙と、彼女が不要だと感じた品々だけだったのです。 

 彼は私に電話をかけてきました。私は自分の浅はかさを呪わしく思います。彼女がそのような手段に出るということを予測しておいてもよかったのです。彼らの表面的な順調さのために、私もそこが見えなくなっていたのでした。 

 また、彼女は離婚を決めていましたが、彼女はまともにそれを彼と話し合うということはしないだろうということも予測しておくべきだったと、私は後悔するのです。そして、もし、彼女に憎悪の感情があるなら、彼がもっとも嫌がるやり方をするだろうということを予測していなければならなかったのです。 

 こうして彼女は離婚の意思を、彼が決定的に苦しむやり方で、表示したのです。 

 

(130―3)離婚が成立してから 

 その後、二人の離婚は成立します。私は彼の元妻に一つの条件を出したのです。それは離婚届けは二人で揃って提出してくださいということでした。そして、その時に今後のことをきちんと約束するようにしてくださいとお願いしたのでした。 

 彼女は離婚届けに判を押して、彼に渡して、彼に提出しておいてと頼むこともできました。でも、私は彼女にそうすることを禁止したわけです。彼女は最初からこの夫婦関係の部外者でした。彼女が傍観者の立場に留まることを私は禁じたのです。彼女には「離婚届がきちんと受理されるところを、あなたの目でしっかり確認して欲しい」というように伝えたのですが、私の本心は上述の通りです。 

 離婚が成立しても、この二人の関係は穏やかではありませんでした。特に彼の方がとても荒れてしまって、少し危険な状況に陥ったのです。 

 私は彼の姿を見かねて、カウンセリングの枠を破るような行為をするのです。それは、とにかく苦しくなったら電話して下さいと頼んだのです。 

 自分でそうは言ったものの、途端に昼夜問わずに彼から電話がかかってくるようになり、彼の電話の対応に追われるようになってしまいました。「苦しい、助けてくれ」というのが、毎回の趣旨でした。 

 一方で、妻の方からもしょっちゅう電話がかかってくるようになったのでした。彼女は私に電話をかけてきては、「元夫がすごい顔をして家の前に来ている、何とかしてくれ」と訴えるのです。「すごい形相で家の前に来ていると言うけれど、あなたは彼に何をしたんですか」と私は問い返します。そして、「私にどうしろと言うのですか」と私は尋ねるのです。彼女の要望は、私が彼の携帯電話に連絡して、彼にそういうことを止めるように説得して欲しいということでした。私は「ばかばかしい、なんでそんなことを僕がしないといけないのだ」ということを伝えるだけでした。 

 私の対応は冷たすぎると感じられるかもしれません。彼の性格からして、彼が元妻の家に押しかけようというのであれば、事前に私に言うだろうと思うのです。でも、私に言わずにそれをしているのだから、私をそれに巻き込まないようにしたかったのではないかと、私は解釈しているのです。だから、私が関与することは、彼の気持ちを踏みにじる行為だと思うのです。 

 彼が何か取り返しのつかないことをするのではないかという不安は常にありました。でも、彼は次回の面接予約を取っており、彼はこの予約をきちんと守る人でした。次回につながっている限り、私は彼がそんな無謀なことをしないだろうと信じていたのです。それに、もし彼が彼女に復讐するというのであれば、その前に私との関係を終えていたでしょう。彼はそういうタイプの人だったのです。 

 彼と元妻側とは一触即発の危機を幾度も経験しました。ある時、彼は自ら元妻の家に行ってきたと報告してきました。彼の望むことは、彼の言い分を一度でも彼らに伝えるということでした。ところが、不幸なことに、彼の望みは達成されることなく終わるのでした。彼はいつも門前払いを食らうのです。それも元妻ではなく、彼女の親や親族に追い返されるのです。彼がどれほど悔しい思いをしたか、想像に余るほどであります。 

 

(130―4)別れの意味に目を向ける 

 彼は幾度となく元妻の実家に出向きました。実際、どれだけ出向いたのか私は正確には知らないのです。元妻が私に報告した分しか把握できていないのです。この元妻の報告も、「元夫が家に来ている」というものから、「元夫が近所の国道を車で通りすぎた。怖い」というものまであり、どこまでを彼の意図的な行為とみていいのか不明です。同じ市内に住んでいるのだから、彼が出勤なんかで国道を車で走ったからとて、なんら咎める筋合いのものではないのです。偶然、すれ違ったというだけなのかもしれませんし、「家に来るな」ということは要求できても、「国道を通るな」を要求することは不当であります。「DV騒ぎがこうして始まるのだな」と私も納得できる感じがしました。 

 さて、彼が元妻の実家に出向いていると聞いて、彼のことを未練がましいと感じる方もおられるかもしれません。それは必ずしも正しいとは言えないと私は考えます。元妻との間で何かやり残したことがあるから、彼はそうしているのであって、見方を変えれば、元妻と決別の儀式をしているのでもあるのです。元妻側は彼にそれを遂行させずに、ただ、彼を退けるだけなのでした。そのために、彼の行動は繰り返されることになり、しかも、だんだん荒っぽくなっていってしまったのです。普通のやり方では通用しないからこそ、荒っぽい手段に出なければならなかったのです。 

 その間も彼とのカウンセリングはずっと続いていました。彼が落ち着きを取り戻すにしたがって、彼のそうした行為は影を潜めていくのでした。その頃、一つの契機が訪れました。それは、彼が妻との死別を経験した友人と会ったという出来事でした。カウンセリングをしていると、こういう場面に出くわすことがままあるのです。この友人との体験を契機として、彼は愛する人と別れざるを得ないということを真剣に考えてくれるようになったのです。つまり、彼は別れの儀式を遂行することではなく、別れるということの意味に目を向けるようになったのでした。この友人のエピソードは彼に目を転じる契機となったのでした。 

 彼はどこかで気づいたかもしれません。それは相手に対して直接的に儀式を遂行することではなく、自分の内面においてそれを達成していけばいいということをです。私たちは、彼にとってこの結婚生活はなんだったのか、元妻は彼にとってどういう存在であったか、そしてあの女性と結婚したことは彼に何をもたらしただろうか、私たちは何度も繰り返しそれを検討していったのです。 

 彼の内面でどういうことが展開していったかということは詳しく述べるわけにもいきません。それは彼のプライバシーにも関わることだからです。ただ、こういう作業を繰り返していく中で、彼は徐々に元妻と決別していったとしか述べることができないのです。 

 

(130―5)再生へ踏み出す 

 やがて、彼は自分の将来のことを考えるようになりました。地方の知人を頼って、一緒に仕事をしようかと迷っていました。私はそれもいいことだと伝えました。 

 最終的に、彼は大阪から離れるということに決めたのです。大阪には辛い思い出がたくさんあるから、それも理解できないことではありませんでした。彼が自分でそれを選んだのですから、私はそれを受け入れました。その日が彼との最後の面接となったのでした。 

 彼はその回を最後にするとは言いませんでした。ただ、終わってから、「先生、一緒に飲みに行きませんか」と私を誘うのです。その瞬間、私は彼と会うのもこれが最後かもしれないなという予感がしたのです。そして、許されないことかもしれませんが、私は彼と二人で飲みにいったのです。事実、この時を最後に、彼は地方に出て、新生活を始めたようでした。 

 元妻の方はと言いますと、彼が地方に行ってからは、ぱったりと連絡がなくなりました。案の定という感じがしないでもありません。彼女が最後に私に電話をかけてきた時も、私は彼女に「あなた自身のことでカウンセリングをしていきませんか」と誘いかけたのです。彼女は「離婚して、自分の生活を立て直していくことで今は忙しいから、落ち着いてからそうしたいと思います」と、彼女のような人がする典型的な返答をしてくださいました。 

 ちなみに、「落ち着いてからカウンセリングを受ける」というのは、実は矛盾したことを表明しているのです。彼女自身は気付かなかったかもしれませんが、これは意味が通じないことなのです。自分が落着けないから、彼女はカウンセラーを必要としたはずなのです。ただ、彼女自身ではなく、夫に身代わりに受けさせた形になっているだけなのです。私のクライアントは夫でしたが、潜在的には彼女もまたクライアントだったのです。それでも、彼女の方もカウンセラーを必要としていたということには変わりがないはずなのです。 

 今後、どのようになっていくかということは、私には分かりません。彼はきっと自分の生き方を取り戻していくでしょう。妻の方は、過去の幻影に脅かされ続けることになるかもしれません。そうなったとしても、私に何ができるでしょう。私は今でも、この夫婦に対して行ったことが正しいことだったのかどうか疑問に思うことがあります。ただ、少なくとも彼だけは救われたということで、私は良かったと思っているのです。 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー