大阪府高槻市のカウンセリングセンターでうつ病のご相談

大阪府高槻市の心理カウンセリング

お気軽にお電話ください TEL:072-673-8180 営業時間:10時~20時 休診日:火曜日

うつ病、ストレスをお感じなら大阪の高槻カウンセリングセンターへ

「こうあるべき自分」から「こうありたい自分」へと目指していきませんか?
  • ホーム
  • <テーマ134>怒り・不安・自己感情(3)

<テーマ134>怒り・不安・自己感情(3)

<テーマ134> 怒り~不安~自己感情(3) 

 

(134―1)閑話~ぼやきを一つ 

 カウンセリングをしていると、本当にいろんな人の不幸を知ってしまう。カウンセラーになっていなければ知る必要のない不幸だ。普通に生活していれば、まず無縁と言えるような他人の不幸だ。カウンセラーとして働くと、そういう不幸にイヤと言うほど向き合わされる。 

 それだけじゃない。耳をふさぎたくなるような、心を閉ざしたくなるような辛い話を背負いこむことも多々ある。そして、あの時ああすれば良かったとか、あの時あの人が言いたかったことはこういうことだったのかと、後から気づいたりとか、無数の後悔の念に苛まれる。 

 人間の暗部や人生の汚い部分を見てしまうことも数限りなくある。そして、憎悪の対象になることやいろんな所で叩かれるようなこともいくつも経験してしまう。私を恨んだとて、その人の何かが良くなるというわけでもない。それでも、私を怨恨の対象とする人もある。私がそういう一人の恨まれる人間であるということも私は一生背負っていかなければならない。 

 私もひどく他人を憎悪して生きていた時期があった。憎しみを抱いて生きるということは本当に辛いことだ。当時はそう実感していた。しかし、本当はそれは逆だったということが今では見えている。人を憎悪しない生き方の方がはるかに辛い。誰かを憎んで生きる方が本当に楽だと、今では感じている。誰かを憎悪することで、いろんな物事を見なくて済むからである。だから心が脆弱な人ほど憎悪に溺れるのだろうと思う。それがいろんな意味で安全であり、憎悪すること以外のことをする必要がないからだ。相手を憎悪するだけで、自分の内面でそれを処理する必要もないからだ。 

 クライアントから恨まれてしまうことの悲しさは誰にも分かって貰えない。これは不思議なことに、本当に誰にも理解できないようだ。私が信頼している人たち、友人、家族、恋人ですら、これは理解できないのだ。彼らは慰めや励ましの言葉をかけてくれるけれど、私が体験していることはやはり分からないようだ。誰にも分かって貰えない悲しみを一生抱え、そのまま墓まで持って行くのだろうな。 

 私がお会いしたクライアントの中には、しばしば別のカウンセラーと既に会ったことがあるという人もある。そのカウンセラーを蹴ったくらいだから、当然、そのカウンセラーのことを良く言うはずはない。同じように、どこかで、かつて私のクライアントだった人が、新しいカウンセラーに向かって、私のことをけなしているかもしれない。当然、そうされているだろう。私の知らない所で、私のことがけなされているというのも、また嫌な気分のすることで、やりきれない思いを体験する。 

 あるクライアントは○○人格障害という診断を受けた経験があった。人格障害なる言葉は日本語から抹消すべきだと私は信じているのだが、不幸にもその人はそういう診断を貰った(汚名を着せられたと言うべきか)のだ。その人は、私に会う以前に会ったというカウンセラーのことを話してくれた。 

 その前に注意すべき点がある。クライアントがあるカウンセラーのことを話す時には、それがそのカウンセラーの全体を示すものではないという点だ。そのカウンセラーのごく微小な一部が語られていることもあるし、必ずしも現実のそのカウンセラーの姿を描写しているとは限らないということだ。その辺りは少し考慮しなければなるまい。 

 さて、その汚名を着せられたクライアントが受けたカウンセラーがその人に何をしたかである。一時間弱の面接を予約したのだが、初対面で、最初の15分ほど話し合った後、「身体から入りましょう」と言って、カウンセラーが体操だかストレッチだかをその人に教え始めたそうだ。そのクライアントは、指示されるがままに体操なりストレッチなりをやったそうだ。延々とそれだけをしたと言うのだ。本当に不幸なクライアントだなと私も思うよ。 

 こんな例はいくつもある。あるカウンセラーは、その人が書いた文章か何かを、あたかも写経のように、クライアントに写させるだけなのだそうだ。実際、それだけなのだそうだ。その間、カウンセラーは他のことをしていたと言う。「写経」している間、クライアントは独り置いてきぼりにされているわけだ。 

 また、カウンセリングを受けに行ったら、そのカウンセラーの講義を延々と聞かされたとかいう話も聞いたことがある。その話をしてくれたクライアントは、これは自分の求めているのとは違うと感じて、いくつもネットで調べて、最終的に私の所へ来てくれた人だった。 

 それぞれのカウンセラーには、その人特有のやり方があって然るべきだし、その人のやり方が正しくないように私には見えたとしても、私はそれを否定することもできない。でも、今挙げたカウンセラーたちに共通しているのは、みんなクライアントの不幸に目を背けているということではないか。私はそう思う。 

 どうも私のぼやきから始めてしまって、収拾がつかなくなってしまいそうだ。ここで本題に戻ろうと思う。 

 二項に渡って、私たちは一人の女性クライアントのケースを追ってきました。この女性はカウンセリングの第二段階に入った時、これまでのカウンセリングを中断されたのでした。私から見ると、それは望ましい動きであり、当然生じるはずの動きだったのですが、彼女はそれを「悪化」と見做してしまったのです。そして、こういう悪化をもたらしたということで、私を攻撃して、つまり私に怒りの矛先を向けて、それで終わりになったのです。お隣さん、お向かいさん、それに高槻におる変なカウンセラーと、彼女の怒りの対象が単に増えただけなのでした。 

 こういうケースを振り返るのは本当に辛いことなのです。冒頭でぼやきたくなるというものです。こうして、クライアントから恨まれるという経験を私はまた一つ積んだのです。 

 辛いと言っているだけではよろしくないので、話をなんとか先に進めることにします。 

 彼女はそれを悪化であると見做したわけです。確かに辛い体験を彼女はしただろうと思います。この辛さを避けるために、第一段階に留まり続けようとする人もある(彼女もある意味ではそうなったわけです)し、次の段階をあくまでも拒絶してこの段階にしがみつく人もあるのです。彼女が怒りの段階から不安の段階へ発展したということは、そのような固執や拒絶を頑なにする人たちよりも遥かに変容していく可能性を秘めているということなのです。彼女の自我はそれだけの柔軟性があるからです。だから、私には心残りなのです。 

 さて、前項の最後において、彼女の抱える不安について私たちは見てきました。この不安は彼女に常について回ってきた不安であるだろうということも窺われました。この不安の起源はどこにあるのかという疑問点で前項を終えたのでした。次節において、ここから始めていこうと思います。 

 

(134―2)両親が抱えている不安 

 怒りは不安に対しての防御だったのです。そして、彼女が明らかにそれをするようになったのは彼女が中学生の頃でした。それ以前において、おそらく祖父母が不安を緩和してくれていただろうということ、つまり、不安から守ってくれる存在としての祖父母がいたのだろうということでした。 

 最後まで私に分からなかったのは、彼女の両親であります。彼女は親のことを話そうとはしませんでした。親に関しての、いくつかの情報、それも親の外側の部分に対しての情報をわずかに漏らしてくれただけでした。 

 両親は二人とも働いていました。それでも彼女の記憶の中では、家計がとても厳しいということでした。貧しかったと彼女は言います。両親が共稼ぎしているのに、なぜ貧しいのか、それはまったく分からずでした。しかし、この両親はそれだけ生活していくことに対しての不安が相当あったのかもしれないという予測を立ててもいいだろうと思うのです。 

 両親からすると、彼女だけでなく、彼女の祖父母も養っていかなければならないし、それだけ生活費もかかるという事情もあるでしょう。もしかしたら何か大きな借金でも抱えていたのかもしれません。もし大きな負債を抱えていたとすれば、それだけで立派な不安材料であります。そうであれば、両親も不安に襲われることが多かったかもしれません。 

 もし、両親が負債を抱えていないとしたらどうでしょうか。つまり、共稼ぎをしていながら、恐ろしく質素な生活をしていたとしたら、どういうことが考えられるでしょうか。それは将来の不安のために蓄財しているということになるのかもしれないし、生活や人生を楽しむことに対しての罪悪感や不安があるのかもしれません。いずれにしても、この両親のされていることを見ると(あくまでも彼女の報告に基づいてですが)、私には彼らがとても不安の強い人たちだったように見えてしまうのです。 

 その両親に対して、彼女は馴染めなかったと述懐しています。その一方で、祖父母にはとても懐いていたと述べています。このことはどのようなことを意味しているのだろうかという疑問が生じます。 

 「与える」という言葉を用いてこれを考えてみましょう。祖父母は彼女に何かを与えていたのです。両親もまた彼女に何かを与えてきたのです。このように捉えると、祖父母と両親は彼女に全く異なったものを与えていただろうということが分かります。それも正反対の何かであります。なぜなら、祖父母が彼女に与えていたものと同じもの、乃至は同種のものを、両親が彼女に与えていたとしたら、彼女はやはり同じように両親にも懐いていただろうと考えられるからであります。だからそれらは全く別種のものであり、正反対の何かであると考えて間違いではないだろうということなのです。 

 そこで、祖父母の与えていたものが安全感とか安心感であると仮定すれば、両親はそれと反対のものを与えていたということになります。安全感や安心感の反対概念とは何かと言えば、不安であり、脅威ということになるでしょう。 

 両親からは不安や恐れを彼女は常に感じ取ってしまうのでしょう。彼女が両親には馴染めなかったと言う時、その本当の意味は、両親の不安に馴染めなかったということなのだと思います。そして、この家庭には両親の不安や恐れが常に充満していたかもしれません。それは小さな子供にとっては説明しようのない何かで、雰囲気とか空気といった形でしか表現できないようなものであります。そうしたものを何か彼女が感じとりながら生きてきた可能性もあるのです。 

 こういう彼女にとって望ましくない雰囲気から彼女を守る役割を果たしていたのが、祖父母だったということになります。この祖父母はある時彼女の人生から姿を消すのであります。それは彼女にとってどのような体験となったでしょうか。当時の彼女から見れば、安全だった家庭が突然恐ろしいものに支配される場に変わってしまったというような体験だったかもしれません。彼女は話してくれませんでしたが、当時の彼女にとっては相当恐ろしい体験、あたかも世界が没落してしまうような体験となっていたのではないかと、私は察します。ある日、突然、楽園から追放されるような体験だったのではないでしょうか。 

 

(134―3)夫となる男性のこと 

 残念なことに、10代の頃の彼女がどんな生活をしていて、どんな人だったのかはほとんど分かりません。だから何とも言えないところがあるのです。ともかく高校までは卒業しました。そこから彼女は就職して、独り暮らしを始めています。 

 この独り暮らしですが、彼女は両親から離れたかったと述べておられます。これはもう少し言うなら、両親が与えるものから、両親が発散している雰囲気から逃れたかったということだったのでしょう。 

 でも、彼女は本当にそれから逃れることができたのでしょうか。これは実に疑問であります。なぜなら、彼女は既に自身の中に強い不安を抱えていたからであります。 

 当時の彼女は高卒の女性事務員の給料で独り暮らしをしていたわけです。もちろん、生活できないことはないでしょう。生活を切り詰めたり、贅沢しなければやっていけるでしょう。でも、この独り暮らしは彼女にはとても辛いものとして体験されていたようです。 

 もし、彼女がもっと人生や生活を楽しめる人だったら、貧しくとも、どこかで何か楽しみを見出したり、あるいは日々の中にあるちょっとした楽しい体験をそのまま享受することができたでしょう。辛くとも、人生の目標や仕事等への励みにおいて、充実感を体験したりもできたでしょう。でも、お話を伺う限り、どうもそうではなさそうなのです。貧しいということは、そのまま彼女にとっては人生の不安となっているようで、これはあってはならないことだということになっているのです。そして、肝心な点は、この不安は一部、もしくは大部分が、両親の抱えていた不安だったはずであるということであります。この不安については後に再度取り上げることになるでしょう。 

 さて、彼女は貧しさから抜け出せる機会を得ました。それは資産家の息子と知り合ったことです。これを読んでいる人から見ると、この男性はちょっと困った奴だと映るかもしれません。派手好きの遊び人タイプのように感じられる方もいらっしゃるかもしれません。でも、彼女にとってはこの男性がたまらなく魅力的に見えているのです。そして後にこの男性と結婚するのです。 

 彼女がこの男性に惹かれたのは、この男性の人間的な魅力というよりも、この男性が保障してくれそうな安全感にあったのではないかと思います。不安の強い人はそういう基準で何事も選択したりするものなのです。つまり、かつて彼女の祖父母が与えてくれていたものと同等のものが得られると彼女は期待していたのではなかっただろうかということなのです。 

 彼女は妊娠し、それを契機に彼と結婚します。結婚して明らかになったことは、彼の親が資産家であるというだけで、彼自身は一文無しに近い状態だということでした。それを知った時の彼女の体験したショックというものは想像に難くないでしょう。求めていたものがやっと手に入ったかと思った瞬間、それとまったく正反対のものを手にしてしまったというようなものです。再び楽園から追放されるようなものだったのではないだろうかと察します。 

 そればかりか、彼が結婚したのをいいことに、親が彼への援助を打ち切ったということです。結婚して一家の主になってみろという親の計らいなのでしたが、これは相当困難を極めたことでしょう。私から見ると、彼は一家の主になるにも、結婚するにも、本当はまだ至らない人物でした。仕事をするということの準備もできていないような男性だったのです。 

 一方、この男性は精力的なところもあり、情熱的なところもあるようで、一たび就職したら猛烈な勢いで仕事に精を出すのです。でも、こういう男性にありがちなことですが、一つ事を根気よく続けていくことができないのです。トラブルを起こして首になったり、突発的に辞職したりということをするのです。彼女はどんな思いでそういう夫を見ていたことでしょう。 

 そして、ある時、親の資産の一部が彼のものになるという幸運が舞い込むのです。彼女からすれば天からの授けのように思われたかもしれません。この男性はそのお金で派手に遊ぼうかと言うのですが、彼女は当然断固として反対します。そのお金で家を買ってというのは、彼女にとって本当に切実な願いだっただろうと思います。その家は、彼女の生活の基盤となって彼女を支えてくれるように思われたかもしれませんし、家自体が一つの財産となると考えたかもしれません。何も持たなくなること、失うこと、こうした事柄に彼女がどれほど不安を覚え、敏感に反応してしまうかを示すものだと思うのです。いずれにしても、何か足元の基盤になるようなものを彼女は本当に求めていたのかもしれません。 

 

(134―4)「見る」から「見られる」への逆転 

 こうして彼女たちは一軒家に住むことになりました。ほどなくして、彼女がカウンセリングを受けに来るきっかけとなった出来事が生じました。お向かいさんとお隣さんとの関係であります。 

 住宅街の一軒家のようで、そこには他にもたくさんのご近所さんがおられるのです。でも、彼女が敵視するのはこの二軒に限定されているのです。それではお隣さんとお向かいさんにはどのような人たちが住んでいるのでしょう。 

 勘のいい方なら何となくお気づきになられているかもしれません。お隣さんとお向かいさんというのは、どちらも裕福な家庭なのであります。何でも、両家とも大手会社の重役クラスの人の家なのだそうです。だから立派な家であり、すごくゆとりのある生活を送っている(ように彼女には見えるの)でした。彼女からすれば、それは不安のない生活を手に入れている人たちということになるでしょうか。 

 彼女が望んでいても手に入れることができずにいるものを、彼らは手に入れているわけであります。その生活を彼らは当たり前のように享受しているのです。それを彼女は目の前で見せつけられているのです。だから、彼女は彼らを見るわけなのです。見てしまうわけなのです。 

 「おやっ」と思われた方もおられることでしょう。彼女は自分が見られているということを訴えていたはずではないかとおっしゃりたくなるかもしれません。話が逆転しているぞと思われることでしょう。確かに、彼女の方が彼らを見ているのです。でも、彼女の方が彼らに見られていると彼女には体験されているわけであります。彼らに監視されていると彼女が言う時は、彼女が彼らを監視しているわけであります。スパイされていると体験している時は、彼女の方が彼らをスパイしているわけであります。彼らが嫌がらせをしてくると体験する時は、彼らに嫌がらせをしたか、嫌がらせをしたいと願っているかしているわけであります。なぜ、このような逆転が生じているのかをここで考えなければならないでしょう。 

 そのためには、まず、彼女がどんな思いで彼らを眺めていたかに思いを馳せてみなければなりません。彼らは彼女から見て望ましい生活をしているわけです。彼女にとって喉から手が出るほど、心底から望んだような生活を彼らはごく当たり前のように送っているわけです。こういう時、眺めている彼女にはどんな感情が湧いてくるでしょうか。 

 恐らく、それは羨望であり、嫉妬といった感情になるでしょう。羨望や嫉妬というのは、自分が所有していないものを他の誰かが所有しているという状況で発動される感情のことであります。その感情は怒りに近い性質を含んでいると私は考えています。そして、それが当人にとって価値のあるものであればあるほど、自分がそれを所有しておらず、他の人がそれを所有しているという状況が耐えがたく感じられることでしょう。つまり、それがその人にとって価値があればあるほど、その人は強い嫉妬や羨望を体験するわけなのです。 

 所有している相手に羨望や嫉妬を体験するということは、一方では、自分が確かにそれを所有していないのだという現実を突きつけられているということでもあります。相手が所有していて羨ましいなあと感じている時、自分がそれを所有していないということを人は一層強烈に実感してしまうものなのです。 

 この時、自分がそれを所有していないということをどうしても認めたくない場合、どういうことが起きるでしょうか。 

その場合、一つの方法として、自分の方がそれを所有しているということにしなければならなくなるのです。しかし自分がそれを所有していないということもしっかり見えているものです。でも、そこをさらに否定し、否認するならば、自分は所有していないのだけれど、相手の方が自分に嫉妬しているということにしなければ折り合いがつかなくなるのであります。ここで逆転が起きているのであります。 

 彼女は望んでいながらそれを手に入れていないのです。彼らは彼女が望んでいるものを獲得しているのです。更に言うなら、「私は奪われたのに、彼らは与えられている」という感情になるでしょうか。彼女の過去の様々な境遇に関しての感情もこれに絡んでくるので、彼らに対してはもっと複雑な感情を彼女は体験していたことでしょう。だから、怒りというよりも、嫉妬や羨望といったもっといろんな感情を伴った憎悪の眼差しを向けていたと述べる方が妥当なのかもしれません。 

 ところで、彼らを見れば見るほど、自分がいかに惨めであるかを思い知らされるとしたらどうなるでしょう。当然、彼らを無視するなんてできないことです。無視するにはあまりにも感情が掻き立てられてしまっているからです。だから彼らのことは他人事にはできないのです。でも、自分のその惨めさは直視したくないとなれば、彼女はここで大変なジレンマ状況に置かれることになるのです。 

人間の心というものは、こういうジレンマに対して、どうにか折り合いをつけるように働くのです。精神分析で言う自我の防衛機制というのは、そうした折り合いをつけることだと理解して間違いではないのです。 

 こうして結果として、こういう折り合いのつけ方になっているわけであります。彼女は彼らを憎悪の眼差しで見ているけれど、彼らの方が憎悪の眼差しを彼女に向けてくるのだ。向こうが見てくるのだから、こちらも警戒して向こうを見ていいことになる。だから彼らを無視しなくてもいい。つまり、彼女が彼らを見るのは正当なことだと感じられるのです。彼女が彼らを敵視するのは、彼らの方が悪意ある目でこちらを見てくるからであり、だから彼女の怒りや敵意もまた妥当な感情だと体験できる。これも一つの正当化になるのでしょうが、こういう折り合いがついていったのではないかと私は憶測するのです。 

ここで強調しておかなければならないことは、彼女が意図的にこういうことをしているのではないということです。彼女自身も知らない間に、いわゆる無意識的にそういうことをしてしまっているということです。 

 本項も、たいへん長文となってしまいました(冒頭のぼやきが余分だったのですが)ので、いささか中途半端ですが、ここで一旦、項を改めたいと思います。 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー