大阪府高槻市のカウンセリングセンターでうつ病のご相談

大阪府高槻市の心理カウンセリング

お気軽にお電話ください TEL:072-673-8180 営業時間:10時~20時 休診日:火曜日

うつ病、ストレスをお感じなら大阪の高槻カウンセリングセンターへ

「こうあるべき自分」から「こうありたい自分」へと目指していきませんか?
  • ホーム
  • <A2-3>病的な人は探し続ける

<A2-3>病的な人は探し続ける

<A2-3病的な人は探し続ける 

 

集客さほどでも) 

 このHP目的は私を知ってもらうというところにあります。私の思想や体験を知ってもらうこと、そこにクライアントが共有できる何かが見いだされること、加えて、騙す意図のない人間であることなども知ってもらいたいのであります。 

 IT屋は「集客」ということを勧めてくるのです。集客も大事なのでありますが、私にとってはそれは4番目くらいに位置するものであります。 

 彼らは、ほぼ決まってこう言うのであります。「今、カウンセラーを探している人が多い」と。私は人の言葉を信じますので、彼らがそう言うのであれば、そうなのでしょう。しかし、彼らはそれ以上のことを言わないので、そこから先は私が解釈することになります。 

 そもそも、カウンセラーを探している人が多いというのはどういうことでしょうか。現実に探している人の数が多いのか、あるいは、それに関連するキーワード検索が多いということなのでしょうか。私は後者であると考えています。従って、一人の人が複数のキーワードで何度も検索すると数が増えるでしょう。 

 次にその探している人たち常に刷新しているのでしょうか。それとも同じ人が延々と探し続けているのでしょうか。私は後者であると考えています。従って、カウンセラーを探しているのではなく、決められないという人の方が多いという印象を私は持っているのであります。 

 最後に、カウンセラーが決まらないということであれば、それはサイトに何かをすれば決まると考えていいのか、サイトをどのようにしようとも決まらない人は決まらないと考えていいのか、IT屋は前者でありますが、私は後者であります。これは後で取り上げましょう。 

 IT屋は、探している人(決まらない人)たちの仲介となるようなことを提案するのでありますが、それは治療的であるでしょうか、反治療的であるでしょうか。私は後者であると考えています。決められない人が決めるということは、それ自体、その人の問題克服に踏み出しているのであります。従って、両者は、カウンセリング開始時点ですでに大きな開きがあるのです。カウンセリングを開始してからスタートする人と、カウンセリングを開始する時にはすでにスタートを切っている人の違いが生まれるわけであります。この点も後にもう一度取り上げることができればと思っています。 

 

(宣伝に対する態度) 

 ここでHPを宣伝と考えてみましょう。どのHPも集客のために宣伝をしているものであるとしましょう。宣伝は、消費者の行動変容をもって成功とみなすことができます。つまり、その商品を買うつもりでなかった人に宣伝をして、その商品を買うようになった(行動変容した)ということであれば、その宣伝は成功したということになります。そのような行動変容が見られない場合、その宣伝は上手くいかなかったということになります。 

 カウンセラーを延々探し続けている人(こういう人の方が多い私は思っているのですが)は、いわば、どの宣伝も失敗しているということになります。IT屋はそれを成功に導きましょうという提案をしていることになります。 

 ところが、IT屋が見落としているところがあるのです。病的なほど宣伝影響されないというであります。 

 例えば外界の刺激が過剰に影響するので外部のものを締め出していたり、思い切り対象と距離を取るという人もあるでしょう。宣伝は遠くからちらりと一瞥される程度でありましょう。 

 また、恐ろしく頑固で、影響はされても行動変容は決して見せず、従前の態度をかたくなに固持するという人もあるでしょう。恐ろしく強迫的で穿鑿的な人であれば、その宣伝文句の一言一句まで完全に理解して、完全に消化できるまでは動かないといった人もあるでしょう。あれやこれやと屁理屈を述べ立てて決断を回避するというようなこともあるでしょう。 

 宣伝は、宣伝そのものとしては受け取られず、脅威として受け取られる可能性が高いのであります。その宣伝のごく微小な部分に過剰に反応してしまって、収拾がつかなくなるという人もあるかもしれません。過剰に影響するので、過剰に防衛しなければならなくなるということも生じているかもしれません。 

 また、過剰に影響を受けてしまうので、ろくに宣伝を見ずに動くという人もあるでしょう。外見的にはかなり衝動的に動く人であるように見えるでしょう。それは宣伝をじっくり見るのが怖いとか、平静を装うために無関心な態度を保持するとか、あるいはじっくり考えて判断することが困難であるかもしれないし、誰かに何かを証明(例えば自分には決断力があることを見せたいなど)したいためにそうするのかもしれません。 

 こういう人たちはすぐにカウンセリングを受けるかもしれませんが、再びカウンセラーを探す人になる確率の方が高いと考えています。つまり、衝動的に始めた人は衝動的に止めるのであります。ちょっとしたきっかけで始めることのできた人は、ちょっとしたきっかけで止める人であるかもしれません。 

 宣伝というものは、ある程度、心の健康な人に対してしか効果がないのであります。刺激(宣伝)に対して柔軟に対応できること、柔軟に行動を変容したり修正したりできること、宣伝に対して適切な距離を保ち、適切な批判力を持っていること、その宣伝を信用する自分なりの基準が形成されていること、そうした傾向が備わっている人にしか宣伝は功を奏さないと私は考えています。 

 私の経験でもそのことは言えるのであります。病理の深いクライアントほど、HPを見ずに来談されるのであります。ある人は、読むより実際に会う方が早いなどと申されたのですが、その人は私のHP(多分その他のところのHPも)を見ることができなかったのでしょう。そういう事情がその人の中にあると私は仮定しております。ちなみに、IT屋の言っていることは、こういう人を増やしましょうというふうに私には聞こえるのであります。 

 しかし、中には一度私と会ってみてそこから私のHP閲覧するようになるというクライアントもあります。この人の関係性には健康な部分があるのです。対象(ここでは私ということになるのですが)に対して、興味や関心が生まれているということになるからであります。 

 それでも、さらに病理の深い人は、決して閲覧しないのであります。そういう人に、時折、「ウチのHPは見てくれてるの?」などと尋ねると、「全く見てません」というお答えが返ってくるのであります。私は人の言うことを信用するので、その人が見ていないというのであれば、本当に見ていないのでしょう。見る見ないはその人の自由なのでありますが、健康度の高い人ほどHPは見るのです。ブログなんかにも目を通してくれるのであります。 

 

絶対の探求) 

 私は一つ確信しているのでありますが、カウンセリングで「治る」と「治らない人」との違い一つスタート時点すでに差ができている考えていますカウンセリングを受けに来た時点始まるのではなく、その時点すでに始まっておりすでに何かが進んでいるのです。この違いは結構大きい考えています 

 迷う人あるだろうと思いますあそこもよさそうだ、ここもよさそうだ、そこも気になるなどと迷われることでしょう。最近私はそれは相対主義の段階にとどまっている表現するようになりました。相対主義優劣つけないけれど、決定を回避させることになるのです。絶対ここがいいという絶対の探求に踏み出す人と、そのお膳立てをしてあげて決めることのできた人と、両者には雲泥の差が生まれるのであります。後者は相対主義に留まり続けることになっている(絶対の探求に踏み出していない)のです。そして、IT屋が提案するのは後者の方であります。私はクライアントには前者になってほしいと願っております。 

 

文責寺戸順司高槻カウンセリングセンター代表カウンセラー