- ホーム
- <C1-2>私の考える短期療法
<C1-2>私の考える短期療法
<C1-2>私の考える短期療法
心理療法の中には「短期療法」と呼ばれる一派があります。これはミルトン・エリクソンから始まり、5つほどの流派を生んでいます。神経言語プログラミングはその一つであります。
短期療法の考え方自体はいいのでありますが、「短期」という言葉が誤解を招く場合があると私は感じています。
例えば、短期療法とはそのやり方が短期療法であればそう称していいのであります。従って、10年かかったケースでも、そのやり方が短期療法であれば、短期療法と呼んでいいというわけであります。
また、これは解決志向アプローチの症例を見た時のことですが、面接回数は確かに少なかったのであります。6回くらいであります。でも、その後2年にわたってそのクライアントをフォローしてきたというのであります。
私はこのフォロー期間は治療期間に含まれるものであると考えています。そのアプローチを試みた臨床家はそれを治療期間には数えていないのであります。私の見解によると、そのケースでは6回プラス2年が治療期間になるのであります。彼らは最初の6回だけを治療としてカウントしているわけであります。
当時、私はなんとなく欺瞞ではないかという気持ちになったものでした。その臨床家の考え方はともかくとして、短期療法の「短期」は一般の人がその言葉から連想するものとは少し違うかもしれないと今でも私は考えています。
そうではなく、私が目指したいのは、一般に連想されるところのものとかけ離れていないものであります。全体の期間を短くしたいと考えています。
(時間制限)
短期化のもう一つの方法論として、最初から時間を制限するというものがあります。最初に面接回数を設定して、その回数だけクライアントと会うというものであります。この方法には利点もあると思います。回数が設定されている、つまり終結が最初から決定されているので、クライアントの意識とか態度に変化がうまれるかもしれません。
私が過去に勤めていたクリニックはその方法を採用していました。最初に回数が設定されるのであります。ただ、私が傍観していて感じるのは、時に、この回数にクライアントも臨床家も縛られるということが生じるのであります。最後の方になると、双方に無理な動きが生じたりするわけであります。それはこの方法の一つの欠点になるのではないかと当時は思いました。
私としては、時間を最初から厳密に制限することなく、ある程度の目安くらいはつけておいても、そこに拘らないくらいが理想であると考えています。
(クライアントの要望にも沿うこと)
短期化を試みると、クライアントにとっても負担が大きくなると私は考えています。実際その通りであると思います。非治療的、反治療的な行為がそこでは厳しく統制されることになるからであります。
しかしながら、ただキツいというだけではクライアントも続けていけないだろうと思います。従って、クライアントの要望にある程度は沿いながら、全体の期間を短くすることはできないか、とそう考えているのであります。
要望に沿うと言っても、完全に沿うのではなく、ある程度であります。なぜ「ある程度」でなければならないのかということも後に述べたいと思います。
(長期化要因の排除)
短期化するとクライアントの負担も大きくなるのであります。だからクライアントは前もって知っておかなければならないと考えるようになりました。短期化を目指すのであれば、そこにはクライアントの協力も不可欠なのであります。そのため私も私の考え方を明記していかなければならないと考えております。
まず、方法はさておいても、長期化する要因をできるだけ排除していかなければならないことになります。この長期化要因はカウンセラー側にもクライアント側にもあります。しかし、どちらかと言えば、クライアント側にあるものの方が重大になるのであります。というのは、大抵の場合、クライアントには問題を長引かせてきた背景があるからであります。
もう少し踏み込んで言えば、クライアントのそのやり方では長期化してしまうということであります。そこを最初から省いていくので、クライアントには負担や抵抗感が大きくなるのであります。だからクライアントの要望にもある程度は沿わないと、クライアントが持たなくなるわけであります。
私たちは次項から長期化要因をいくつも取り上げていくことになるでしょう。
(要約)
カウンセリングや心理療法は時間がかかるのは確かであります。時間をかけるべきところは時間をかけ、そうでないところは短縮することによって、全体の期間を短縮することを私は目指したいと思っています。必要なところに必要なだけの時間はかけたいと思うのであります。
期間を短期化する際に、長期化要因をできるだけ回避することが目指されるのでありますが、どうしてそれをすると長期化してしまうのかといったことを次項から述べたいと考えています。
そのようなことを述べるのは、クライアントに理解を得るためであります。クライアントが前もって知っておくと、短期化に伴う負担が軽減されるのではないかと思うからであります。
問題や症状が長引くことは、クライアントにとっても不幸であります。というのは、貴重な人生の時間を浪費しているに等しいからであります。そこに停滞することは人生の損失であると私は考えています。
また、それらが長引くほど、それらが自我に親和的になるという問題もあります。問題や症状に「慣れて」しまうということであります。そうして、それらがその人の中で定着してしまうということなのであります。この定着からも速やかに解放される方が望ましいと私は考えています。
(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)