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<C1-4>長期化要因~癒着的結合

<C1-4>長期化要因~癒着的結合 

 

(お互いに離れられない) 

 癒着的結合というタイトルを付けましたが、これは臨床家とクライアントの関係の在り方を表しています。その関係が癒着的であるということであります。お互いに相手から離れられなくなるという関係性であります。 

 例えば、臨床家がこのクライアントを手放したくないとか、失いたくないとか、別れたくないなどと思えば、どうするでしょうか。この臨床家はそのクライアントの問題や病を発掘し続けることになるでしょう。 

 一方、クライアントの方でこの先生と別れたくないという気持ちが生まれればどうなるでしょうか。クライアントは問題を発生し続け、病を持続していかなければならないということになります。 

 この場合、クライアントが改善するとか治癒するということは、それが関係の終了を意味してしまうので、受け入れることができず、尚且つ、実現してしまってはいけないということになります。「治らない」人の中にはそういうクライアントもおられるのであります。 

 相手から離れたくないとか、相手を失いたくないという気持ちは、クライアントに生じるだけでなく、臨床家にも生じえるものであります。 

 

(過剰共感) 

 臨床家側にそれが生じる場合、その臨床家の個人的な要因や背景にもよるのでありますが、そのクライアントへの過剰な感情移入が働いていることがあると私は考えています。 

 クライアントに過剰なまでに熱心になってしまい、クライアントと過剰に同一視し、過剰に感情移入してしまうのであります。つまり、このクライアントを一人にしておけないとか、放っておけないとか、臨床家の中でそういった気持ちが強まってしまうのでしょう。実は私にも経験があります。いつかそういう経験を綴ることができればとも思っています。 

 それはさておき、日本のカウンセラーはやたらと「共感」っていうものを強調してきたのであります。日本人は欧米の人よりも共感性に富むと私は考えています。欧米の人は個の確立が求められる社会で生きているので、共感性よりも独立心などが強いかもしれません。つまり、共感的であるということが苦手なので、そのことを特に強調しなければならないのかもしれません。その欧米の理論を日本はそのまま翻訳しているので、ただでさえ共感性が高い人がさらに共感しなければならないと教え込まれることになるわけであります。 

 実際には、ロジャースが言っているのは、共感ではなく、共感的理解ということであります。理解しなさいとは言っているけれど、共感しなさいとは教えていないのであります。その理解が共感的であるかどうかが問われているのであります。日本の学者さんはそこを明確にせずに教えてきたように私は感じております。 

 いずれにしても、共感というものはほどほどくらいでいいというのが私の考えであります。クライアントから見ると、私はあまり共感しないカウンセラーとして映るようであります。まったく共感性がないわけではないのだけれど、そのように見えてしまうのも仕方がないかとも思っています。癒着的な関係に陥ることを防ぎたいと思うからであります。 

 それに、いちいち共感していたら、いかなる治療も、いかなる援助も成立しなくなるだろうと私は考えております。 

 また、上述のような逆転移(このクライアントを手放したくないといった臨床家の感情)まで至らなくとも、共感だけでやっていくカウンセラーのカウンセリングは長期化する傾向があるように私は感じております。援助としては正しいものを含んでいるのかもしれませんが、短期化の観点に立つとあまり望ましいものではないという気がしてくるのであります。 

 

(プレゼント行動) 

 さて、クライアントの方でもこの先生から離れたくないといった気持ちが生じることがあるのです。その極端な例は、臨床家の先生に恋愛するというものであります。結婚を申し込むなどの行為として現れるように私は思います。 

 それほど極端でない場合、しばしば「プレゼント行動」をクライアントは見せると私は考えています。臨床家に何かをプレゼントするのであります。 

 ただし、最後の回で、今までお世話になりましたと感謝してプレゼントを渡すとか、あるいは旅行に行った際のお土産を臨床家にもおすそ分けするとか、ここで述べるプレゼント行動とはそういうものではありません。 

 むしろ、プレゼントしてくれるものは何も特別なものでも高価なものでもなく、ただ、それを毎回してくれるのであります。それらは普通の場面であれば問題になるようなこともないのであります。 

 例えば、毎回来談のたびに、コンビニで飲み物を買ってくるというクライアントが過去に何人かおられました。飲み物を買ってきたので、一緒に飲みましょうというわけであります。通常の場面であれば、その人が気を利かして飲み物を用意してくれたという程度のことであります。カウンセリングの場面ではちょっと困るのであります。一応、その人からは既定の料金をいただいているので、それ以上にいただくことに私の気が引けるのであります。 

 その他、最初のころはそうではなかったのに、過度に私のことを心配してくれるとか、気を使ってくれるとか、そうした傾向として見られることもあるように私は思います。 

 

(過剰が問題) 

 さて、誤解のないように申し上げておくのですが、クライアントの感情であれ臨床家の感情であれ、その感情が過剰になるということが問題になるのであります。その感情そのものが問題になるわけではないのです。そこは明示しておきたいのであります。 

 例えば、この関係を大切にしたいというのであればいいのでありますが、絶対に失いたくないといった感情に発展すると問題になるわけであります。 

 ここまでくると前項の完全主義と共通してくるのであります。カウンセリングや治療が長期化する場合には、それが長期化する関係が生まれているものと考えることができるのであります。できるだけそういう関係が生まれないようにするということが短期化の目標となると私は考えています 

 

文責寺戸順司高槻カウンセリングセンター代表カウンセラー