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<C1-5>長期化要因~動機と抵抗

<C1-5長期化要因~動機と抵抗 

 

抵抗関する二つの立場 

 カウンセリング心理療法長期化する一つの要因クライアントの「抵抗があります。抵抗が強いほど長期化しやすいと私は考えています。例えば、強い抵抗感のためにカウンセリングを受けるまでが長引いたり、カウンセリングは受けているけれども、本腰入れて受けるようになるまでに時間がかかったり、そういうことが生じると私は思います。 

 抵抗という概念は、フロイトによれば、クライアント思い出すことや語ることを回避したがる傾向として見られるものでありました。そこに触れるのがクライアントには苦しいので避けたいわけであります。そこに触れることを抵抗するわけです。そこで分析家が抵抗分析をして、その抵抗を除去するというのが精神分析の方法論としてあるのです。 

 フロイトの弟子で、異端児でもあったライヒは、抵抗は最初からその人の性格傾向として示されているものであり、従って、分析よりも先に抵抗分析をしなければならないと説いたのでした。ライヒの考え方はよく分かるのであります。 

 しかし、両者のケースを比較するとライヒ方がはるかに「重い患者さん扱っていたという印象を私は受けるのです。私が思うに抵抗分析クライアントにとっては脅威となるものであり、防衛が崩されるような体験をするのではないでしょうか。つまり、クライアントの抵抗は自分を守るためになされているものであるので、そこを分析して除去する試みは、それ自体がクライアントには脅威となり、破綻するような体験につながるのではないかと思うのであります。 

 私個人抵抗むやみやたらに分析してはいけないと考えております後に述べるように、抵抗よりもクライアント動機の部分にアプローチする方が安全であると考えています。 

 

(抵抗よりも動機と感情) 

 さて、抵抗というものは誰にでもあるのであります。カウンセリングとか心理療法を喜んで受けようという人は少ないのであります。できれば受けたくないと思う人の方が多いのであります。 

 では、受けたくない思っているのに受ける人があるのはどうしてなのでしょうか。そこにその人の動機が関係しているのであります。抵抗よりも動機の方が強いので、その人は受けることができるのであります。 

 カウンセリングを受けようと思う人の多くは受けたい気持ちと受けたくない気持ちの両方を有しておられるのであります。時に、この両方の感情が同時に発言されることもあります。「カウンセリングを受けたいけれど、時間がない」などといった表現であります。 

 カウンセリングを受けたい気持ちが受けたくない気持ちよりも上回れば、その人は現実に受けに来るのであります。おそらく大した苦もなく来談されるのであります。後者の方が強ければカウンセリングは先送りされるのであります。両者が同等である場合、かなり悩まれることになるようです。 

 しかし、それでも一人の中に受けたい気持ちであるとか、良くなりたいといった願望があり、その一方でできれば受けたくないとか回避したいといった気持ちもあるのです。後者の方の抵抗を意識するよりも、前者の動機の方が意識されている方が望ましいと私は考えています。従って、抵抗は許容するのでありますが、肯定的な感情や動機の方は一層大切にしていく必要がある、と私はそのように考えています。 

 良くなりたいとか、受けたいとか、そういう感情とか動機が高くなれば、抵抗の有無は問題ではなくなると私は考えています。後々、その抵抗が問題になることがあるとしても、当面はそれでやっていく方がいいと私は考えています。というのは、実際にカウンセリングなどを始めていくと、抵抗の方も変わってくる可能性があるからであります。 

 

(臨床家を試す) 

 こうした抵抗感の一つの現れとして、「カウンセラーが信用できない」というものがあります。それは当然なのであります。大部分のクライアントはそこまでカウンセラーを信用して来談するわけではないのであります。半信半疑といったところであります。 

 信頼関係というものは、もっと後に形成されるものであると私は考えています。カウンセリングの教科書などをひも解くと、ラポール形成ということが最初の方で述べられているのですが、それは誤解を招くと私は考えています。最初から信頼感情があるのではなく、カウンセリングを続けていく中でそれらが育ってくるものであると私は考えております。半信半疑で始めて、徐々に信頼感が生まれてくるのであります。最初から信頼感というものがあるわけではないのであります。 

 この半信半疑の状態で関係を形成するのが苦しいので、一部の人は、カウンセラーが本当に信用できるのかどうかを試さずにはいられなくなるのだと思います。私の中では、クライアントのこの試しの期間はできるだけ短いに越したことはないと考えています。その期間が全体の長期化に影響するのであります。 

 たとえ相手が専門家であるとしても、その人が信用できるかどうかというのは別問題になるのです。相手が信用できないというのは、一部はそのひとの「症状」に関係するかもしれないのですが、一部はきわめて自然なことなのであります。私たちは会ったこともない人間のことを(もしくは会ったことがあったとしても)、そうそう完全にはその人のことを信用できないのであります。 

 もし、会う以前から相手のことを完全に信用しているというのであれば、その人はいささか無防備すぎるのであります。そのような人は人一倍、騙されたり、傷ついたりといった経験をしてしまうかもしれません。 

 人間関係は信頼感で成り立っていると考える人もあるのですが、私はそれは反対しないけれども、その信頼感の中にはけっこうな不信も見られるのではないかと思っています。他者に対して警戒心を持つことができるので、人は自分を守ることも可能になるのであります。従って、半信半疑なクライアントは、盲信するクライアントよりも、むしろ安心できるのであります。前者は必要な警戒心を持ち合わせていると考えることができるからでいあります。ただ、必要以上の警戒心となると、それはまた別の問題になってくるのであります。 

 

(信用するとは賭けである) 

 完全信用するまで動かないよりも半信半疑でも始めた方がよく、半信半疑な場合、相手を試すよりも信じてみるということをした方が良いと私は考えています。ここには「賭け」が求められるのであります。 

 どんな場合であれ、他者を信用するかどうかには賭けが含まれるのです。信用しない方に賭けるのがその人には安全に感じられているのでしょう。信用する方に賭ける人は、その時点で一つの山場を越えていると私は考えています。 

 

文責寺戸順司高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)