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<T006-009>(R2-14)可能性を話し合うこと

<Ⅱ-14> 可能性を話し合うということ (約4500字) 

 

 カウンセリングというと、クライアントが自分のことを話して、カウンセラーがそれを「はい、はい」と聞くだけというイメージを抱かれている方も多いことでしょう。確かに、そういう一面もあるのですが、実際には、カウンセリングではそれ以外の様々な言語活動が行われているものであります。その一つの活動が「可能性について話し合う」ことであります。 

 対話は、基本的には、過去、現在、未来を頻繁に行き来するものであります。可能性について話し合うということは、主に未来に焦点を当てることであり、また、過去、現在を異なった仮定において見直すという活動であります。こういう会話がなされればなされるほど、その人はそれまでの自分の視点を離れ、自分についての発見をしていくものであります。 

 

(事例)「二流会社」のエリート社員が自己に気づいた例 

 クライアントは、20代後半の男性です。大学を卒業した後、就職を考えはしたのですが、彼はより専門的な知識を得たいと大学院に進みました。大学院を卒業した後、就職活動を始めるのですが、折からの就職難の時代で、彼は希望する会社に入ることはできませんでした。年齢的なこともあって、就職浪人するわけにもいかず、彼は内定を貰っていた小さな会社に入社することにしました。 

 その小さな会社からすれば、彼のようなエリートが入ったということで、彼にはたいへんな期待がかけられたのでした。ところが、入社してしばらくすると、彼は今の仕事にやる気を失い、失望して、抑うつ状態に陥ったのでした。彼の状態は、日を追うごとに悪くなっていきました。医者の勧めもあり、彼は休職することになったのでした。 

 診断は「うつ病」ということでしたが、状態がある程度良くなっていくと、彼は、時々は職場に顔を出して、医者にかかりながら、カウンセリングを受けてみることにしました。 

私が会うまでに、そういう経緯を経てきたのでした。 

 彼の話の要点は、ともかく「こんなはずではなかった」ということに行きつくのでした。大学院を出た頃は、立派な将来を夢見ていたのですが、現実には、どこも自分を雇ってくれるところはなく、かろうじて、今の小さな会社、彼の言葉によれば「二流の会社」に合格し、そこで働かざるを得なくなったということでした。すべてが、彼が思い描いていたのとは違っていたのでした。「人生設計が狂った」のでした。 

 ここで、彼にとって意味のある他者が現れるのですが、その人のことを仮にA君と呼んでおきましょう。A君は彼と同期入社した人で、大学を卒業したばかりでした。彼とは4つほど年が離れていましたが、会社の中では、今年入った新入社員ということで立場上では同等なのでした。彼とA君とは同じチームで仕事をすることになったのですが、彼はどうしてもこのA君が好きになれないのでした。彼に言わせると、A君は「素人で、何も分かっていない奴」だということなのです。確かに、大学院まで進んで、専門的に勉強してきた彼から見れば、A君は初心者のように見えたことでしょう。「なんでこんな簡単な公式が理解できないのかと、イライラする」と、A君への不満を彼は語るのでした。 

 最初の数回の面接では、彼は自分の境遇に対して、愚痴をこぼすことに従事していました。7回目頃、少し動きが見られました。社長が新入社員の評価をしたらしいのですが、その時、彼よりもA君の方が評価が高かったのでした。それが彼には不満で、耐えられなかったのです。彼は、「誰も自分を正しく評価していない」と嘆き、「もう、あの会社は辞めるつもりだ」とまで語りました。 

 散々、愚痴をこぼして、少し落ち着いたところで、私は「可能性について話し合う」ことを提案しました。まず、私は彼に、「あなたは今の会社を辞める自由がある。でも、今、辞めたとしたら、あなたはこの会社で何かを学んだことになるだろうか。会社の人たちは、『大学院を出たエリートでも、期待外れだったな』と評価して、終わるでしょう。それでもいいでしょうか?」と尋ねました。彼は、痛い所を突かれたような顔をしました。そして、「悪い評価を残したまま辞めるのも嫌だ」と答えました。彼が持っているエリート意識のような感情に、私はわざと訴えたのでした。彼が思い描く理想は、おそらく、彼が辞めると言った時に、周りから「行かないでくれ」と止めてくれるような姿であったと思います。そこまで必要とされる人間でいたかったという思いがあったと推測されたのでした。 

 そのようなやりとりがあった後、私は「それでは、今回の件を少し違った視点で見てみるということを提案したいのですが、いかがでしょう?」と、彼に同意を求め、可能性の会話へと入ったのでした。次いで、私は「今の、あなたの視点を離れて、いろんな可能性、仮説を立ててみて、そこから今回の件を見直してみて、どういうことが見えてくるかを一緒にみていくことにします」とリードしました。 

私「あなたは、今回の社長の評価に不満なのでしたね。それはあなたよりもA君の方が高い評価を得たので、あなたはそれが許せないような気持ちでいる。そして、あなたのおっしゃるには、あなたは自分が正しく評価されていないということでした。それはそれで正しいでしょう。そこで、一つの仮説として、もし、社長の評価の方が正しかったとしたらどうでしょうか?」 

彼「そんなことはあり得ない」 

私「ええ、あり得ないという方が事実でしょう。しかし、今は、別の仮説を立てて検討しようとしているのだから、事実と合わなくても構わないということにしましょう。あくまでも『もしも』ということで考えていくわけです。もし、社長の評価の方が正しいのだとしたら、何かでA君の方があなたよりも勝っていたということですね。あなたの方に、なにかマイナスの評価をもたらせるものがあったということになりますね。それは、どのようなものだとご自分では思われますか?」 

彼「それは、勤務のことだと思う。病気で休職していたから、勤務日数はA君の方が多いから」 

私「それは一つのマイナス要因ですね。他に何か思いつくことはありませんか?」 

彼「どういうことでしょうか?」 

私「あなたの休職は社長が公認したことであります。だから、そのためにあなたの評価が下がるということはおかしな話ですよね。『無理をせず休みなさい』と言っておいて、『君は休みすぎだから評価を下げる』ということじゃないですか。意地悪な社長さんですね」 

彼「まあ、そんなことをする社長ではないとは思うんだけど」 

私「そうですね、他の要因を考えてみる価値もあるかもしれませんね」 

彼「他のことというと、会社内での評価だから仕事に関することだとは思うのだけど」 

私「A君はどんな風に仕事をするの?」 

彼「それは一生懸命にやってるなあという感じは見ていてわかる。A君はあまり大学時代に勉強してなかったような人で、見ていてまどろこしいなって思う時がある。こんな初歩的なことが分からないなんてって思う」 

私「なるほど。あなたから見るとA君は無知で初心者ってことになるんですね。だから、A君は、あなたとは違って一生懸命に勉強しなければならないんですね」 

彼「そうなんですよ。僕から見ると、『そんなに一生懸命になって』って思う。『大学時代にきちんと勉強してないからだ』って思ってしまう。」 

私「あなたは大学院まで進んで、本格的に勉強したからなおさらでしょうね」 

彼「それもあるんですけど、僕は将来困るのが嫌だから、学生の頃からけっこうしっかり勉強したものでした」 

私「それは偉いね。きっと、その時はあなたも一生懸命でしたでしょう」 

彼「それは一生懸命に勉強しましたよ」 

私「A君と同じ年の頃には、あなたも一生懸命に勉強なさってたっていうことですね」 

彼「それは、まあ、そうですね。そう言われれば、A君くらいの頃には僕も一生懸命に勉強してましたね」 

この時点で、彼には何か気づくところがあったようでした。私はさらに視野を広げてみることにしました。 

私「他の社員の方々についてはどうでしょうか?」 

彼「それは、みんなよく働くなあと感心する時はありますよ。仕事が終わってから勉強会とか開いたりもしてますしね」 

私「あなたの仕事はかなり専門的なので、たえず勉強しなければならないのですね。たいへんですね」 

彼「でも、そういう勉強も、僕から見ると、それほど難しいことではないのだけれど、中にはそれについて行けないような人もいる」 

私「そういう点では、あなたは優秀なんですね。みんなよりも一歩先んじている感じ?」 

彼「そうそう、そんな感じですね。僕がみんなよりも一歩リードしていて、はるか先からみんなを見てるっていうような」 

このようなやりとりから、彼が何かを得るかどうか、私には分かりませんでした。そもそも、こういう会話を拒否する人もありますし、拒否されなくても、そこから何も得ないというような人もいます。彼の場合はどうだったでしょうか。 

翌週のカウンセリングで、彼は「この一週間は調子が良かった」と述べました。どのように調子が良かったのかを尋ねると、割と集中して仕事ができたということでした。具合が悪くなったら休んでもいいとは言われていたけど、今週は休まなかったとも述べました。これは、彼にとっても大きな進歩でした。 

さらに、その翌週では、A君やその他の社員のことを考えなくなり、気にしなくなったと述べるようになりました。仕事は休まずに行っているということでした。 

その次の面接、それが彼との最後の面接となりましたが、彼は振り返ってこのように述べました。彼は「僕は、それまで仕事に一生懸命に打ち込んでいなかった」と語り、いかに自分が不平不満の塊であったことか、いかに高学歴に胡坐をかいてきたかに気づいたと言うのです。一流の大企業ではなく、二流の小さな会社であっても、また、仕方なく入ったような会社であっても、自分に与えられた境遇で最善を尽くすことが大切なのだと気づいたのでした。彼から見て劣っているように映ったA君やその他の社員たちは、みなそれをしていると言うのです。そして、彼は言いました。「二流の大学しか出ていないA君が、一生懸命に仕事を覚えようとし、そのために勉強までやり直している。彼の方が、評価が高くても当然だと思う」と。こういう洞察を得られたことは素晴らしいと、私も思いました。彼は、順調に会社にも行ってるし、以前よりも仕事に身が入るようになったからと言って、今回を最後にしたいと述べました。私もそれでいいと思い、その回をもって終了することになりました。 

 

 可能性を話し合うということは、現実にクライアントが体験したことに対して、「もしも~だったら、どうなっていただろう」ということを話し合うことであります。どんなに苦境に立たされている人でも、このような他の可能性について話し合うことはできるものであります。このような話し合いの中から、しばしばクライアント自身が見落としていたものが見えてくる場合もあるのです 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー