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<T006-04>(R1-4)時間がクライアントを守っている

<A-3> 時間がクライアントを守っている(約3000字) 

 

 カウンセリングというものは、時間を決めてクライアントと会うのです。 

 時間が決まっているということは、開始があって終了があるということを前提として含んでいます。 

 この時間がきちんと決められているほど、この時間は日常から区別されやすくなります。カウンセリングでは、クライアントにとって、彼の日常とは異なった空間、時間であることが必要であります。そういう意味でも、カウンセリングでは時間がしっかり決められていなければいけないのです。 

 その時間が日常とは区別されているがために、クライアントにはきちんと日常に戻ってもらわなければならないのです。前節で、面接の終わりの三分の一はクーリングダウンのような時間であることを述べましたが、それはこの理由によるものであります。 

 多くのクライアントにおいて、彼の日常が耐えがたいものになっており、日常の生活は彼にとって危険に満ちた世界として体験されているものです。そのような人を、一時的にでも保護しようとするなら、少なくとも、彼の現実の日常から守られた時間と空間を確保しなければならないということは、理解していただけるかと思います。また、身動きの取れない現実からは、少し距離を置かなければ、状況が見えないものであります。 

 一回の面接の間は、少なくともその時間は、クライアントは日常から守られている必要があるわけです。その際に、60分という時間は、私は妥当な長さであると考えています。それより短くても、長くても問題が起きると考えています。 

 もし、クライアントの守られるべき時間が短すぎた場合、クライアントは自分が守られているという感覚を得られないかもしれません。また、時間が長すぎると、今度はクライアントが日常に戻ることが難しくなってしまうかもしれません。どちらも、クライアントにとっては援助的な体験につながらないのであります。 

 

 その時間がクライアントを守っているということは、日常では表現することができない感情でも、その時間内においては、表現することが許されるということでもあります。そして、しばしば、クライアントはそれを表現することができないために苦しんでいるというようなこともあるのです。 

 

(事例) 父親を憎み続けた一女性の例 

 ある女性クライアントは、子供時代に一度だけ父親に殴られたという経験があり、それ以来、父親を心の中で憎んできたのでした。その経験をするまでは、彼女は父親のことが大好きなのでした。 

 彼女は、父親を憎むようになりましたが、それは誰にも言えず、また、誰にも悟られてはいけない、彼女の秘密なのでした。もし、子供時代に「お父さんなんか大嫌い」とでも言えたらよかったのかもしれません。しかし、彼女はそうすることができなかったのであります。彼女は父親の自慢の娘であり、周囲もまた、彼女のことをそのように見ていたためでした。それを言うことは、彼女には親族から外されてしまうというような恐れを伴っていたのであります。 

 一つ印象的なエピソードがあります。父親の葬式で、彼女は「本当は手を叩いて喜びたかった」のだと語りました。もちろん、本当にそんなことをしてしまったら、みんなは彼女のことを「おかしくなった」というように判断したことでしょう。彼女は悲しんでいるふりをしなければいけなかったのでした。 

 彼女がカウンセリングを受けるようになったのは、父親の葬儀が済んで、父親のことが一段落着いた後で、彼女自身が不調をきたしたからでした。精神科医の診断は「反応性のうつ病」というようなものでした。おそらく、父親の死の悲しみを受け止めかねているというように判断したのかもしれません。医者には、彼女が父親を憎んでいたということを言えなかったと彼女は言うのであります。これまで隠してきたことだから、診察の時も言えなかったのでしょう。 

 カウンセリングでも、初めのうちは彼女はそういうことを言えなかったのでした。ある時、「本当のことを言っていいですか」と彼女が尋ねるのです。私は、その時の彼女は言いたい気持ちになっていたのだと考えました。そのことが口に出かかっているという感じだったのだろうと推測します。だから、私は「どうぞ、せっかくですから、言いたくなったことは言葉にしてみましょう」と提案しました。そこで、彼女は先述したような、父親に殴られた体験と父を憎んだこと、その憎しみは誰にも知られないようにしてきたこと、葬式のエピソードなどを話してくれたのです。 

 私は、この時間と場所が彼女を守っているということが、彼女に実感されるようになったから、誰にも言えずにいたことが言えるようになったものであると考えています。そして、彼女にとっては、それを言葉で表現したということが、何よりも救いとなったのでした。 

 この事例について、もう一つだけ付け加えておきますと、医者の診断はやはり正しいのでした。ただ、医者は、彼女が父親と愛情で結ばれていたと捉えて、その愛情でつながった対象を喪失したことから、彼女のうつ状態が起きたのだと考えたのでしょう。一つだけ違う点は、愛情ではなく、憎しみで彼女は父親とつながっていたということです。それもやはり対象の喪失なのです。憎むということで、彼女は父親とつながっていたのでした。そのつながりが失われてしまったのです。そして、おそらく、自分が娘からどのように思われているか、その真実を知らないまま亡くなってしまった父親に対するある種の感情もここには影響したのだろうと思います。この「ある種の感情」というのは、申し訳なさや憐れみといったものが複雑に混じり合ったものと言えるでしょう。 

 彼女は、いつか自分の憎しみを父親に言いたかったのかもしれません。それを言う前に父親が亡くなってしまったので、遂に本当のことを言う機会を失ってしまったのでした。「いつか言おう」と思っていると、なかなか言えないものです。機会を失ったからこそ、返って「言いたい」という気持ちが昂じてきたのかもしれません。それを父親ではなく、カウンセラーである私に言ったのでした。もしかすると、本当のことを言って、父親が許してくれることを彼女は期待していたのかもしれません。 

 ただ、私が「今後とも、父親を憎み続けてもいいのですよ」と言った時、彼女はひどく驚いていました。彼女は私から「父親を許してあげなさい」と言われるものと思っていたようでした。「父親を許してあげなさい」ということは、彼女から父親を奪うようなものであります。彼女は本当に父親を失うでしょう。愛情の対象としての父親は、もうすでに失われています。ここで、憎む対象としての父親まで失うことは、私には残酷なように思えたのです。「今後とも、父親を憎み続けていいのですよ」と聞いて、彼女は驚いたのですが、次第に安堵の表情が浮かんできたのでした。 

 

 事例が長くなりましたが、要点は、カウンセリングの場面において、自分が守られているという安心感を彼女が体験したからこそ、誰にも言えずに、心に重くのしかかっていた秘密を語ることができたということなのです。そして、それを語ることができたということが、彼女にとって救いとなっていったということなのであります。 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー