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<T006-05>(R1-5)間隔

<A-4> 間隔 (約2600字) 

 

 ここまで述べてきたことは、すべて一回のカウンセリングの時間ということに関してでした。カウンセリングにおける時間の問題には、その他に二つの事柄があります。一つは面接と次の面接までの間の時間、つまり間隔ということであり、もう一つは、どれくらい継続したらいいのかということ、つまり期間ということであります。ここでは間隔を取り上げ、事項で継続期間のことを取り上げるつもりです。 

 ちなみに初期の精神分析では毎日の面接が原則でした。クライアントは週に5日の分析を受けるのです。現在でも、週に2~3回程度を標準とみなしているようであります。より簡易的な精神分析では、週に1回というところが標準的なようです。 

 それほど厳密に設定されていないカウンセリングでも、一応、基本的には週に1回程度で、クライアントの状態に応じて週に2回組んだり、2週間空けたりといった変動を認める立場が多いようです。 

 私自身は、クライアントには、できれば週に1回受けに来てほしいと望むのであります。カウンセリングが、クライアントにとってあまりに特別なことではなくて、できればクライアントの生活の一部にカウンセリングがあってほしいと思うのであります。 

 実際には、個々のクライアントの生活があり、コンスタントに毎週受けられない人や、間隔が不規則になってしまう人もあります。それは仕方がないのかもしれません。 

 ところで、カウンセリングというものは継続していく中で、何らかのプロセスが進行するものであります。1回目で話されたことが、2回目では違った側面を見せ始め、3回目では今まで重要視されなかった部分が見えてきたり、4回目で両者のつながりが見え始め、5回目で1回目に話した事柄の意味が見えてくるというように、常に展開していくものであります。このような展開が生じるためには、間隔があまり空きすぎない方が望ましいと、私は考えます。 

 私の個人的な体験では、月に1回というようなペースでは、毎回の面接が独立してしまって、1か月の間に現在性を失う、(つまり過去の事柄になってしまう)、場合が多いようです。こうなると、前回の面接から今回の面接は分断されてしまって、1回1回が独立してしまい、つながりが見出しにくくなり、展開やプロセスがなかなか発展していかないのです。 

 2週に1回というのが、妥協できるぎりぎりのところであると、私は捉えております。つまり、カウンセリングを継続する場合、前回のことがあまりに過去になっていないことが望ましいのですが、2週間前であれば、かろうじて現在性を維持できるということなのです。 

 反対に、週に3回も4回も詰めて面接を受けに来てもらうというやり方には、私は賛成しません。古典的な標準の精神分析が週に5回施されるのは、それが精神分析の方法と一致しているからであります。それがクライアントに退行(精神的に子供帰りすること)を促すような方法であれば、毎日会わなければかえって危険なのです。 

 毎日受けに来たいと言ったクライアントを例として見ていきます。 

 

(事例) 毎日カウンセリングを受けに来たいと言ったクライアント 

 ある男性のクライアントでした。彼はカウンセリングを受けに来て、一時間話し合いました。彼の話の詳細は省略いたしますが、終了して、私は彼に、また受けに来たいという気持ちがあるかどうか尋ねました。このカウンセリングがとてもいい経験となったらしく、彼は「明日、来たい」と言いました。そして、「できれば、毎日受けに来たい」とまで言ったのでした。 

 私は、敢て、一週間間空けましょうと提案しました。この提案は彼を怒らせました。「そんな、一週間も待てない」と言うのです。 

 この「待てない」ということが、実は、彼の抱える問題の根本にあったものでした。私にはそれが理解できていたので、敢て「待つ」ようにお願いしたのでした。 

 それに、私は、彼が自分の生活、カウンセリング以外での、彼の生活というものが、彼にとっては耐えがたいものであることを見てきました。それだけに、彼はカウンセリングに逃げたかったのかもしれません。 

 これをどこまで許容するかは微妙な問題なのですが、私はその中間をとって、「3日ほど間を空けて、週に2回くらいでやっていきませんか」と再提案しました。彼は、しぶしぶその案を受け入れてくれました。 

 3日後に、彼は訪れたのですが、この3日間はたいへんだったと語りました。たいへんだったけど、彼がカウンセリングの援助なしで、3日間を耐えたことは良かったと思いました。彼は、自分の今の生活から逃避することはできないのです。今の環境の中で、たとえそれが変わっていくものであるとしても、今はその中で生きて行かなければならないのでした。4回目辺りで、彼にその自覚が生まれたのでした。 

 最初の4,5回目までは、3日、乃至は4日の間隔を空けて面接をしていきました。カウンセリング関係の中で、彼が自分が支えられているという感覚を獲得していくほど、次回のカウンセリングまでの間隔を耐えることができるようになっていったのでした。そして、彼がカウンセリングの間隔を耐えることができればできるほど、彼は自分の現実に留まることができるようになっていったのでした。そのうち、週に2回だった間隔が、週に1回になっていき、終わりの頃には2週に1回でも耐えることができるようになっていきました。 

 「耐える」という言葉は誤解生むかもしれません。彼の現実に留まることができ、彼の現実に彼自身が関われるようになっていったと表現する方が、おそらく真実に近いでしょう。ただ苦しいのに耐えていただけではないからであります。 

 もし、毎日受けに来てもらっていたら、私は儲かっていたかもしれませんが、彼が今の自分の置かれている状況を受け入れていくことは難しかっただろうと思うのです。彼が、自分の今の生活状況を受け入れるに従って、彼は現実にそれを変えるために、現実的に動き始めることができていったのでした。 

 

 この事例のような意味でも、間を開けるということは必要なことであります。カウンセリングが終われば、クライアントは自分の生活に戻ってもらわなければなりません。自分の生活から逃避するための面接であれば、それは居心地のいいだけの時間になって、きっと、何も動きださなかっただろうと思います。 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー