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<T1-9>非主体的関与

T1-9非主体的関与 

 

(事例) 

 E氏は自分のこれまでの病歴を話していきました。その口調はとてもしっかりしていました。確かに、「うつ病」者によく見られるような沈んだ感じであるとか、陰鬱な表情なども観察されるのですが、E氏は日常生活も仕事もそれなりに営むことができているようでした。 

 私がそのことを指摘しますと、E氏は「薬のおかげで、今、そういうことができているのです」と答えたのでした。 

 

(解説) 

「うつ病」者に限らず、クライアントはしばしば自分の行為に対して、自己不関与的に語られることが多いのです。 

 言葉を選び、話し、また、日常を営み、仕事をこなしているのはE氏自身であります。彼は、自分がそれをしているという形ではなく、「薬のおかげでそれらができている」と語られているわけです。自分の行為でありながら、自分がそれに関与していないかのような表現をされているわけなのです。 

 なぜ、そのようにしか語れないのでしょうか。私は前節でアイデンティティが不確実であるが故に、「うつ病」者はしばしば役割を自己の全てにしてしまうということを述べました。アイデンティティが不確実であると、つまり自分という確かな感覚を欠くと、人は主体的に行動することが困難になるのです。このことは、自分がそれをしているのは理解できるけれど、自分がそれをしているという感じがしないと訴えるクライアントたちを見るとよく理解できることなのです。あるいは、自分がそれをしているのですが、あたかもそれを「させられてしまっている」かのように体験してしまう人たちもおられるのです。 

 自らの主体性を認識し得ないということは、いかにその人たちの主体性が脅かされているかということを窺わせるのです。そのような「病」を抱える人たちにとっては、自分が自分の主体であり、主人であるというように自分自身を体験できていないのです。E氏にもそのような傾向があるのかもしれません。 

 ところで、「薬のおかげでできている」という表現は「うつ病」者からけっこう頻繁に聴くことが私は多いのです。この表現でどのような体験を述べようとしているのか、とても頭を悩ませた時期があります。 

 「薬のおかげでそれができている」ということは、それをしているのは自分ではないというニュアンスを含んでいて、自分の何かを否認しているように私には感じられるのです。それをしているのは自分であるけれど、薬に頼ってそれができているだけであり、それはとても不本意なことであり、そんな自分を認めたくないという感情なのかもしれません。 

 もちろん、どのような意味合いが込められているかということは、その言葉を発する各々によって異なることでしょうから、一つの意味に限定する必要はありません。ただ、少なくとも、それが現在のその人自身の何かを否定、否認する意味合いがあるように私には感じられるのです。E氏は、薬を飲むこと、あるいは「うつ病」であるということ、そういったことをどこか受け止めきれていないのかもしれません。 

 自分がそれをしているのではなく、「薬のおかげでそれができている」という表現は主体性が脅かされていることの表れと理解しました。こうした主体性の喪失は、E氏に多くの絶望感や無力感をもたらしてきたのではないかと察します。 

 この絶望感や無力感というのは、言葉にすれば、「この『うつ病』は私よりも強い。私はそれに屈するしかない。それでも生きていくためには自分一人の力ではどうにもならず、薬に頼るしかない。そして、薬に頼るこんな自分はダメになってしまったのではないか」といった感覚ではないかと私は思います。こういう自分をE氏は見たくないのかもしれません。 

 

文責寺戸順司高槻カウンセリングセンター代表カウンセラー