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<T6-13>(R3-12)「再発」について

<Ⅲ-12> 「再発」について (約4000字) 

 

 「今は状態がいいけれど、これが再発したらどうしよう」 

 クライアントはよくこのような心配を表明されます。このような心配は、「治癒」を経験しているまさにその瞬間に現れてくる心配であるとも言えます。また、以前の状態がクライアントにとって苦しいものであればあるほど、こうした心配が出てくるのはむしろ当然のことであります。 

 今回はこういう「再発」ということについて考えていくことにします。 

 「再発」というのは、症状や問題が一度は消失したのに、再び現れること、もしくは、以前の状態から脱却できたはずなのに、再び以前の状態に戻ることというようにここでは捉えておきます。 

 

 ここで、「再発」ということと「名残り」ということの区別をつけておくことを提案したいと思います。 

 もし「症状」が「治癒」して何年も経って、再びその同じ「症状」が現れたとなれば、それは「再発」ということになります。 

 一方、「症状」が「治癒」して、わずかしか経っておらずに、再びその同じ「症状」が現れたとすれば、それは以前の「名残り」と捉える必要があるということであります。 

 この両者の根本的な違いは、「症状」が「治癒」してから「再発」するまでの期間の長さにあります。「名残り」として現れてくるものは、最近「治癒」に至ったものであります。 

 そして、「名残り」はそのまま「再発」につながるものとは限りません。むしろ、ほとんどの場合、それは「心の病」であっても「身体の病」であっても、「名残り」の時期を経て、「治癒」にいたるものであると私は捉えています。従って、「名残り」は「治癒」の前段階と言うこともできそうです 

 

 さて、「再発」するかどうかということに関しては、結論を先に述べますと、そのクライアント次第ということになります。それは「治療」から何を学んだかという点に集約されることであります。「治療」から何かを学ぶことができた人は、少なくとも「再発」したとしても、以前よりは「治癒」に近いところにいるとみなすことができます。 

 例えば、私の知人にも生活習慣病の人が大勢いまして、潰瘍だったり痛風だったりを繰り返すのであります。病気になったら治療を受けて、治ったら以前と同じ生活を続けて、また同じ病気になっては治療を繰り返すのであります。「再発」の連続であります。彼らは、「病気」の体験から何も学んでいないし、「治療」からも何一つ学んでいないのであります。一度目、あるいは二度目や三度目でも構いませんが、そこから学んだ人は、「再発」をしない、もしくは「再発」するぎりぎりのところで食い止めることができているのであります。何一つ学ばないから、同じことを繰り返してしまうと言うこともできるでしょう。 

 もちろん、こうしたことはすべての「身体の病」に該当するとは限りませんが、ある程度まではそのようにみることもできますし、「心の病」に関しても、やはりある程度までならばそれと同じことはいえるのではないかと、私は考えております。このことを一つ事例を挙げて見て見ることにします。 

 

(事例)「不安性障害に長年襲われ続けた男性の事例」 

 クライアントの男性は十年ちかく不安性障害を患っていました。最初の「治療」で、この「症状」は一旦は回復するのですが、数年後、再び同じ「症状」が再発しました。 

 その後、慢性的に襲ってくる不安を抱えながら、彼は生きてきたのでした。今回、カウンセリングというものを受けてみようと思い立ち、意を決して私の所を訪れたのでした。 

 彼の苦しみというのは相当なものでした。なぜなら、一旦は良好な状態へと辿り着いたのですが、それでもう大丈夫と安心していたのに、今回もまた同じようなことを繰り返してしまったために、前回以上に「症状」を耐え難いものとして体験していたからであります。こんな風に繰り返してしまうことで、彼は自分が本当に「治る」のだろうかと訝るようになり、仮に少々状態が良くなっても、再び「再発」するのではないかと恐れて、自分の良好な状態を素直に受け入れることが難しくなっていました。 

 ある時、私は彼に以前の「治療」はどんなのだったかを尋ねました。最初の「治療」は、ほとんど投薬のみだったようであります。抗不安薬と睡眠薬を投与され、病院には薬をもらいに行くだけだったようです。多少の問診もあったのですが、十分に関わってもらったという感じが抱けるものではありませんでした。 

 この時の「治療」において、彼が何かを学んだとはとても言えませんでした。医者でさえ十分に関わってくれなかったのだから、彼が自分の「病」にどのように関わり、どのように取り組めばいいかを示してもらえなかったのであります。ただ薬を飲んで、その薬が効いたというだけでした。 

 だから、彼はこのように述べます。「以前は薬で治ったのですよ。でも、今回は薬だけでは信用できなくて、何か他のこともする必要があると考えたのです。それでカウンセリングを試してみようと思いました」と。 

 彼は相変わらず抗不安薬と睡眠薬を処方してもらっており、服用しております。それはそれで効果があるのでしょう。私は彼に、自分の不安についてよく洞察すること、この経験からよく学ぶことを勧めました。従って、私たちは不安を抑えるためのリラックス法であるとか、催眠暗示であるとかいったようなことは一切しませんでした。ただ話し合いを重ねたのでした。 

 彼が自分の不安に取りくみ、何がそこまで不安にしているのか、最初の不安から次の不安がどのようにして生み出されていくか、不安が実現した場合にどのような対処ができるか、「健康」な人でも感じる不安と行きすぎた不安とをどこで区別できるだろうかといったことも話しあいました。カウンセリングというよりも、授業のような光景になることも多々ありましたが、彼が自分の不安について学びを得れば得るほど、彼は自分の不安に対して強くなっていったのでした。 

 

 「名残り」ということにもう少し説明しておきますと、「治療中」に経験する浮き沈みはすべて「名残り」とみることもできます。少しましになったと思ったら、またひどくなり、それからまたましな状態が来ては、再びひどくなりということを繰り返すのですが、個人は常に良い方向に向かっているという観点に立てば、ひどくなるのは以前の「名残り」として捉えることができるのであります。そして、一回目の「名残り」と二回目の「名残り」の間では変化が見出されるものであり、三回目の「名残り」では、さらに何かが違ってきているということが、丁寧にみていけば、理解できるものであります。 

 ユングが人間の変容は螺旋を描くようにして達成されるということを、私はどこかで読んだ記憶があります。その考えに従えば、ある人が以前と同じ位置に戻ってきても、以前よりは少し高い位置にいることになり、まったく同じ地平に立つことはないということになります。以前いた場所に戻ったように思われても、何かが違っているということであります。 

 クライアントがしばしば陥る過ちは、変容や「治癒」というものが急激にもたらされたり、常に右肩上がりで達成されていくように思いこんでしまうことであります。「名残り」や「再発」は付きものであり、時には、それらが見られる事の方が望ましいことさえあります。「名残り」を経験した途端に「治療」から離れたり、「再発」することを恐れて何もしなくなったりするのは、本当は望ましいことではありません。「名残り」が見られるのは、その人が「治癒」に達成しつつあることの証拠でもあり、「再発」はもう一度きちんと取り組むことのサインと捉える必要があるかもしれません。 

 

 それが「身体の病」であれ「心の病」であれ、自分の「病」に取り組み、その「治療」から学ぶことが多ければ多いほど、その人の何かが向上し、何かが成熟するものであると私は信じております。それは一段上の段階に上がるようなものであります。「再発」や「名残り」といった現象は、一段上に十分上がり切っていない状態と見ることもできます。 

 この一段上の段階に上がることを、人によっては「変化」とか「変容」といった言葉で表現します。私はむしろ「成長・成熟」といったイメージでその現象を捉えております。一旦「成長・成熟」が成し遂げられれば、以前の段階に戻る可能性は低くなりますし、仮に戻ったとしても、一度は達成したことなのだから、初めて試みるよりも容易に再達成することができる可能性があるということであります。つまり、十分に「変化・変容」し、十分に「成長・成熟」すればするほど、「再発」の可能性というのは低くなるはずなのです。 

 階段を上る際に、片方の足が上の段にしっかり根付いていると、下の段に乗せている足を放すことができ、両足で上の段に立つことができるものであります。しかし、上の段にのせた足が不安定だったり不十分だったりすると、下の段に乗せている足をもっと頼りにしなければならなくなってしまい、下の段の足を放すことができない、つまり、下の段に留まらざるを得ないということになってしまいます。上の段に完全に上がりきってしまえば、下の段に戻る必要はなくなります。「成長・成熟」とは、そのようにして達成されていくものであると私は捉えております。 

 

 どんなことでも「再発」や「名残り」は付きものであるので、それを完全になくそうとは考えない方がいいかもしれません。それらを恐れるよりも、しっかりと自分の「病」や「治療」に取り組み、学んでいく方が有益であります。もしあなたが「悪くなったらどうしよう」という不安に襲われているなら、私は提案をします。そういうに時こそ、自分の「病」に向き合い、自分の「病」、あるいは自分の人生についてしっかり学び、「治療」の体験を自分のものとしていく必要があるということをです。 

 

(文責:寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー