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2022年2月18日 金曜日

2月18日:「厄介なオバハンの夢」

2月18日(金):「厄介なオバハンの夢」 

 

 まとまった内容の夢を見たので記録しておこう。 

 

(夢)「厄介なオバハンの夢」 

 どこかの施設のような場所、雰囲気としては学校というか大学のような感じだった。 

 そこで集配のような仕事をしている。荷物を受け付ける人がいて、僕はその荷物を所定の場所まで運ぶ役割だった。 

 荷物が来ない時間は待機している。建物と建物の間を結ぶ外廊下のような場所だった。僕が待機していると他の人たちもやってくる。覚えている限りでは男性が二人来た。同僚といった感じで、お喋りなんかをしている。その後、女性も来るようになった。人が入れ替わりしたような気がするのだけれど、男性がいなくなり、女性が8人になった。男は僕一人だけになって、女性たちは自分たちの話で盛り上がっている感じなので、なんとなく居心地の悪い思いがしてきた。それでその場を後にした。 

 その辺を歩く。路上でテレビのロケというか中継みたいなのをやっていた。タレントさんみたいな人がカメラの前で何か話していて、周囲を観衆が取り巻いている。僕は仲間のところに戻って、そこでロケをやっているよと伝えた。彼らは見に行かないと言う。なんだか知らないけれどテレビに顔を出すのは嫌だみたいなことを言う。それなら僕一人で見に行ってくると言い残し、ロケの場に戻る。ちょうどロケが終了して、タレントさんやスタッフさんたちは引き上げるところで、観衆も解散しようとしているところだった。 

 事務所に戻る。オバハンが一人いるだけで、他の人はいない。このオバハンが伝票を持ってきて、依頼人の連絡先が記入されていないと大騒ぎしている。僕はオバハンにつかまってしまった。伝票には受け付けた人の連絡先が書いてあったので、僕は連絡してみようとしたけれど、それを見てオバハンは僕が何をやっているのか、などといちいち介入してくる。 

 なんで依頼人の連絡先の記載がないのだ、とオバハン。僕は知りません。なぜ知らないのだ、とオバハン。荷物の受付をする人のことは分からない、僕は運搬する方だから。なぜ受付と運搬が別々なのだ、とオバハン。知らないよ、そういうシステムになっているのだから、と僕。僕はもうどうでもええわという気持ちになっている。このオバハンから解放されたいと思うようになっていた。 

 

 以上が夢である。大きく三つの部分に分けることができる。 

 最初は仲間が集まって談笑する場面である。僕のカウントでは男女10人だ。男性2人、女性8人という割合だ。お互いに仲が悪いという印象ではなかった。ただ、僕が関わったのは男性2人だ。女性8人とは関わることなくその場を後にしている。 

 こういうのはどう考えたらいいだろう。単純に僕の中の男性要素と女性要素というふうに置き換えてみようか。そうすると、僕は8割の部分と関わっていないということになる。男性要素がもっと増えてもよく、かつ、もっとそこに関わっていいのであるが、女性要素が大きすぎて邪魔をしているということになろうか。このアンバランスさが居心地の悪さになっているのだ。 

 僕は僕の中のものと十分に且つバランスよく関わっているわけではないようだ。 

 

 次にテレビのロケの場面だ。仲間を誘ったけれど、この仲間たちはまた奥に引っ込んでしまう。あまりはっきり覚えていないけれど、僕が誘ったのは男性の仲間たちだったように思う。なんというのか、男性が奥に引っ込む感じが引き続いているように感じられる。 

 現実の僕だったら、ロケをやっていようと気にしないだろうし、むしろ夢の中の仲間たちの行動の方が現実の僕に近いような気がする。 

 

 最後にオバハンの場面だ。このオバハンは悪しき女性像だ。こういう像は僕の中にある一要素である。これと関わるのが一番エネルギーを消耗する感じだ。荷物の伝票に依頼者の連絡先が書いてないということは、そこは記入してもらわなくても構わないところであるのかもしれないのに、受付の落ち度であるかのように言い立てている。しかも、それならそれで受付に確認したらいいのに、受付でもない僕に言ってくる。だから代わりに僕が受付に訊いてみようとすると横槍を入れてくる。非論理的かつ感情的に引っ掻き回していくオバハンだ。 

 今日の夢では、このオバハンの存在感がやたらと大きい。他の男性も女性もみんないなくなっている。自分の中の厄介な存在を、自分の中の他の要素の助けを借りることもできずに、処理しなくてはならないかのようだ。 

 

(寺戸順司-高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー)

投稿者 高槻カウンセリングセンター

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