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2022年3月25日 金曜日

3月25日:ミステリバカにクスリなし~『十二人の抹殺者』

3月25日(金):ミステリバカにクスリなし~『十二人の抹殺者』 

 

 日下三蔵氏の編纂による「ミステリ珍本全集」の第2巻だ。このシリーズ、僕はすでに栗田信の『発酵人間』でたまらなく衝撃を受けているので、見かけたら絶対に買おうと心に決めていた。それである時、幸か不幸か、本書を発見してしまい、中身も見ずに購入してしまったのである。 

 輪堂寺耀(りんどうじ・よう)という作者名なんか目にも止まらなかった。ただ、『十二人の抹殺者』というタイトルだけは見えていた。このタイトルから、殺人者が12人いる、つまりクリスティの『オリエント急行の殺人』みたいなものか、あるいは殺人容疑者が12人いるか、さらには殺人事件が発生して自分が殺しましたと自首した人間が12人いるのか、などといろんなことを想像した。 

 ところが、中を開いてみると、そのどれもが違っていた。正確に言うと、「12人を抹殺しようとした抹殺者」「12人の被抹殺者」ということである。すでにタイトルと中身が一致していない感じがしている。さすが恐るべしB級である。 

 では、12人とは誰か。結城家と鬼塚家の家族成員である。姉と弟が同じ敷地内に二世帯で家族を営んでいる。それぞれの住居が向かい合わせで建っているようだ。両家の家族が合わせて12人いるわけだ。 

 ある年の元旦、12人全員に。「謹賀死年」「死にましておめでとう」といった不吉な年賀状が届く。ある者は悪戯と信じ、ある者は殺人予告であると不吉に思う。その数日後、最初の殺人事件が発生する。 

 最初の惨劇はドアも窓も施錠された密室殺人である。この謎を解くのが江良利久一(エラリ・キュウイチ)探偵である。エラリー・クイーンをもじった名前だ。 

 ところがこの探偵、盲腸で入院中という冴えない登場の仕方をする。僕は「はは~」と思う。何かプロットの必要上、探偵が入院中で現場に出ることができないという設定になっているのだな、と勘繰る。つまり、そのプロットを成立させるためには、探偵が現場にいてはいけないということだ。しかし、最後まで読んでため息が出る。そんなプロットなど何もなかった。探偵が入院している必要性がまるでないという、素晴らしいプロットだ。 

 ところで、推理小説というものは、あまり丹念な描写をすると読者に飽きられてしまう。ある程度スピーディに展開した方がいい。クロフツなんかは細かい描写をするけれど、少し省いた方がいい、と横溝正史は言うが、僕も賛成だ。事細かな描写は控え、省略できるところは省略した方がいい。しかし、本作はあまりにも省略しすぎだ。 

 まず、登場人物たちの描写が限りなく少ないので、読み始めてすぐに誰が誰やら分からなくなる。それぞれの性格というかキャラも描き分けられていない。みんな同じような人物に見えてしまう。その他、情景描写の類も限りなく省略されているので、読んでいても全然情景が思い浮かばない。 

 そして、最初の密室のナゾであるが、これはエラリが病室で推理する。これこれこういう操作を外部から行って鍵をかけたのだろう(実は読んでいてあまり理解できていない)と推測するわけだ。そして、驚くなかれ、それで密室の謎が解決されたことになっているのだ。普通、現場で検証するとか再現するとか、そういう手順があるはずなのに、全くない。見事なまでの省略である。 

 続いて第2の惨劇、第3の段劇と事件が起きる。その都度、トリックは解明され、解決した(ことになっている)のだが、肝心の真犯人には行き着かないのである。 

 ここでようやく主人公のエラリが退院して、事件現場に顔を出すようになる。その矢先に第4の惨劇が発生する。 

 正直に言おう、第5の惨劇の頃になると、誰が殺されてもええわ、みたいな投げやりな気分になった。次はだれが標的になってしまうのか、この人は助かって欲しいとか、そうした感情が一切湧かない。三日おきに殺人事件が発生して、その都度、警察の尋問が繰り返される。場面展開もなければ、延々と同じような問答の繰り返しである。 

 この警察の尋問もひどいものである。容疑者に平気で「犯人は誰だと思う?」と尋ねたり、「君が犯人だな」と一方的に決めつけたりする。警察側の知能指数の低さに辟易するばかりである。 

 読んでいて苦痛である。スリルやサスペンスもなく、主人公たちに動きもない。事件が起き、何時から何時までの間君は何をしていたといった尋問が繰り返され、アイツが犯人だと思うだのソイツが犯人ではないかなどといった議論が延々と繰り返される。第6の惨劇の頃には本を投げ出したくなる。 

 それでも断念せずに読み続けてしまうのはどうしてだろう。そして、物語は佳境に入っていく。第7、8、9の惨劇なんて立て続けに起きる。すでに述べたように、もう誰が殺されても構わんわという気持ちになっているので、実に淡々と惨劇の描写を読んでいる。面白いとも感じていないのに、なぜか本を置くことができない。少なくとも、作者の推理小説「愛」だけはひしひしと感じられる。それだけが魅力で、小説としては下の下である。 

 小説としてはとても読めるものではない。何て言うか、いろんなものを詰め込み過ぎてパンクしてしまっている感じである。あれもこれも詰め込みたくなるのだろう、その気持ちは分かる気がする。でも、一本筋が通っていた方がいい。メインのプロットとか主軸となるテーマとかが欠落している感じなのだ。だから9個の事件が、それぞれに趣向を凝らしていたとしても、まとまりが欠けてしまうのだ。 

 すでに述べたように、最初の方は探偵が入院中ということで姿を見せない。そうする必然性が全くないのである。同じように、犯人が全員に不吉な年賀状を送る必然性もない。一枚一枚凝った文章で綴られた年賀状であるが、個別に意味があるわけではない。優れた推理作家なら、この年賀状にも手がかりや隠されたメッセージを含ませたりするのだろうけれど、そういうものが一切見られない。 

 

 

 さて、僕の唯我独断的読書評は、まあ、3つ星といったところだ。本当は星2つといったところなんだけれど、作者の推理小説愛に星一つ追加だ。 

 

テキスト 

「輪堂寺耀 十二人抹殺者」(ミステリ珍本全集2 戎光祥出版社) 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

投稿者 高槻カウンセリングセンター