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2020年4月1日 水曜日

4月1日:コロナ・ジェノサイド~専門家の言葉

4月1日(水):コロナ・ジェノサイド(13)~専門家の言葉 

 

 志村けんさんがコロナ感染で亡くなった。けっこう衝撃を受けた人も多かったのではないかと思う。感染の報道がされてから短期間で死去の報道に僕たちは接した。感染から死まで急直下である。これがコロナウイルスの恐ろしいところである。 

 こういう言い方は不謹慎ではあるけど、有名人が亡くなったことはある意味では良かった面もある。人々の意識を変える働きがあると思う。コロナに無関心な人でも、志村けんさんの死には関心を持つかもしれないし、実際、そういう人も多いと僕は感じている。 

 

 さて、重症化すると悪化の速度が一気に早まるとは以前から専門家が指摘していたところである。 

 今日、僕が取り上げたいのは専門家の言葉ということである。テレビでは感染症の専門家や医師が出演している。政府も専門家会議を開いたりしている。大きな社会問題が発生すると「専門家」ということがやたらとクローズアップされるものである。 

 

 僕も一応専門家ということになる。自分ではそうは思わないんだけれど、クライアントからすれば専門家に映っていると思う。 

 時々、僕はクライアントにハッキリ言う。僕が専門家だとしても、専門家の意見は信用しないでください、と。僕に限らず、専門家の意見なんてまったく参考になりませんよ、と。特に僕のことを理想化しすぎるようなクライアントに対して僕はそういうことを言う。当然、言われた方はビックリ仰天する。 

 専門家の言葉は、学問的に正しいし、ウソをついているわけでもない。しかし、その言葉の有効性には時間的なスパンが限られているということを自覚しておかなければならない。 

 例えば、今回のコロナ騒動では、かつては若い人は感染しにくいと言われていた。その当時の状況、あるいは資料に基づけば、それは正しい。しかし、今、それはもはや正しくないのだ。 

 極端な話、昨日まで正しかったことが今日は間違っていることが証明されたりするわけだ。その逆もある。昨日までそれは間違っているとされていたことが今日はそれが正しいに変わっているということもあるわけだ。学問の世界とはそういうものなのだ。 

 フロイトの精神分析にもそれがある。いくつかの性理論はフロイトの時代では確かにそうであったものが、今では否定されていたりする。フロイトの時代には抑圧を緩めることが治療の要であったが、今は抑圧を助けなければならないのである。かつて正しかったことが今は正しくないのである。 

 従って、あの専門家は前はこう言ってたのに違うことを言い出した、だから信用できないとか、以前はこう言っていたのに「ありゃウソか」と非難するとか、そういう人は学問ということをよくご存じではないのだと僕は思う。 

 ともかく、学問の世界では学説がひっくり返ることなんてザラにある。常に現時点において言われている説であるということを肝に銘じておく方が良いと思う。 

 特に新型コロナウイルスに関しては専門家でも分からないことが多い。それが「新型」であるためである。そこで、専門家は「新型」を研究して述べることもあれば、「旧型(過去にあったもの)」の知見に基づいて述べることもあるだろう。後者は、「新型」に対する予測などに使うことはできるが、それをそのまま「新型」に当てはめることはできない。 

 専門家の見解は変わるものである。学問の世界がそうなのである。かつて言われていたことが今でも通用するのかどうかは、検証されなければならないことである。 

 

 もっとも拙いのは、専門家への盲信である。専門家がそういうのだからそうなんだろうと安易に信じてしまうことである。 

 しかし、それは僕も同じことだ。感染症の専門家ではないので、どうしても専門家の意見に従うことになる。何が違うのかというと、その専門家の言葉は護符のようなものではないということが僕には分かっているということである。 

 専門家がこれをすれば大丈夫だと仮に言ったとしても、少なくともそれは現時点におけるものであって、未来永劫に渡って保証されていることではないのだ。いつかそれが覆される時がくることを覚悟しておかなければならない。ただ、その時が一年後であるか明日であるかは分からない。 

 

 専門家と言えば、政府の専門家会議に出席している専門家は気の毒である。専門家が何か言おうとしてもデータが無いのである。データはあっても、そのデータに信憑性があるかどうかが疑問である。要するに、それは検査がきちんと実施されていないというところに行き着くのである。 

 不確かな情報に基づいて議論が進められるのだ。だからまったく当てにならないと僕は感じている。政府が公表するものは、専門家の意見を聞いてといくら言っても、占いと同程度のものである。個人のことをまったく調査せず、星座とか手相とかの限られた情報だけでその人の未来を占うのと同じである。 

 従って、政府がこの二週間が正念場と言ったとしても、それは占いと変わらないのである。二週間これこれのことを守れば幸運が舞い降りるでしょうと言われているのと大差がない。僕にはそんなふうに感じられる。 

 そもそも、専門家なんて最初から度外視されているのではないだろうか。最初に政治ありきではないだろうか。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

投稿者 高槻カウンセリングセンター

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