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2017年6月7日 水曜日

6月7日:DV論(1)

6月7日(水):DV論(1) 

 

 今日は午前中にクライアントが来る予定になっていたのだけど、その直前まで問い合わせの電話に対応していた。まあ、問い合わせ自体は構わないのだけど、最近、再びDV問題の依頼や問い合わせが多くなった。現在来られている人もそうだし、来月お見えになられる予定のクライアントもそういう人だと伺っている。 

 DVに関してはいろいろ書きたいこともあるのだけど、今は書籍の方に時間を取られてそちらまで手が回らないのが実情だ。だから、このブログで少し述べておこうと思う。いずれ、サイト側にも記述していこうと思うのだけど、取りあえず、間に合わせでこれを書いておく。DVの当事者には、特に「加害者」とされる側に読んでもらえることを願う。 

 

 DV当事者によくあるのは、彼らの親も暴力の問題を抱えていたりすることだ。親もDVをやっていたというわけだ。彼が子供時代に苦しい経験をしたということは察するのだけど、これを短絡的に現在に結び付けてはいけないと僕は考える。むしろ、親のDVなんかどうだっていいことだとさえ僕は思っている。 

 「親がそうだったので自分もそうなった」式の図式は、しばしば問題をはぐらかすことになる。それに責任逃れに見える。実際、そういう一面もあるように僕は思う。つまり、相手に暴力を振るって、それは親がそういうことをしていたためだと主張することで、自分の行為に関わる責任を軽減しようとしているように見えるわけである。 

 しかし、親のDVなんてここではまったく関係がないのだ。僕ははっきりそう考えている。今、この瞬間に相手に手を上げるか否かが彼にとって問題になっているのであって、親が問題になっているのではないのだ。 

 親のDVなんて関係がない。結局、先ほどの図式は「親がろくでなしだったので、子供もろくでなしになった」というのと一緒なのだ。「カエルの子はカエル」というのと同じである。何も凄いこともないし、そこには何の問題もない。当たり前すぎるくらい当たり前のことが起きているだけである。 

 よく、「被害者」立場の人が「加害者」立場の人に「治療」を勧めると、「加害者」立ち場の人が「俺が病気だと言うのか」と憤慨するというのを聴く。しかし、「カエルの子はカエル」になっているだけなのだから、そこには何の異常なことも起きていないのだ。「ろくでなしの親からろくでなしの子が育った」というのだから、むしろ正常なことが起きているのであって、僕は彼らを病気だとは思わない。怖いくらいに正常で自然の摂理に適ったことが起きているとしか思えないのである。 

 しかし、それはやはり「病気」なのだ。どの部分が病気なのかは後で示そうと思う。それよりも、僕が彼らに考えて欲しいのは次のことだ。いや、考えなくてもいい、どちらを選ぶだけでいい。 

 「ろくでなしの親に育てられたろくでなしの子供」のままでいるか、「ろくでなしの親から育った優秀な子供」となるか、あなたはどちらを選びたいですか、ということである。これは「加害者」立場の人だけでなく「被害者」立場の人にも選んでほしいと思う。親に同じような暴力の問題があったというのは、「加害者」立場であれ、「被害者」立場であれ、等しく認められることがあるからである。 

 前者の選択肢の方が、自然であり、正常である。「カエルの子はカエル」というのは自然の摂理に則っているわけだ。後者は「カエルの子がカエル以外の何かになった」ということだ。「鳶が鷹を生む」ということだから、正直言って、異常事態である。「あの親にしてこの子あり」はきわめてふつうのことなのだ。 

 しかし、別の一面を見ると、この正常と異常が正反対になる。「ろくでなしの親に育てられたろくでなしの子供」というのは、その子はすべてを親に明け渡しているということである。自分をすべて他者に明け渡すことができるとすれば、それは異常なことである。そこでは存在するのは親だけであり、この子はどこにも存在しないということになる。一方、「ろくでなしの親から優秀な子が育った」という場合、この子は親とは違った人格、親とは違った人生を生きているということで、とても正常なことである。 

 つまりである。上記の選択肢は、どちらの正常・異常を選びますかと言っているわけだ。前者の正常・異常を選択するか、後者の正常・異常を選択するかということである。後は、当事者の方々の選択である。「カエルから生まれたカエル」になるか、「鳶から生まれた鷹」になるか、どちらを選択されようと僕は一向に構わない。 

 

(寺戸順司―高槻カウンセリングセンター代表・カウンセラー) 

投稿者 高槻カウンセリングセンター

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